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第93話 もしも…
「…彼の気持ちは?」
『彼?ああ、水無月が好きな相手の事?』
「そうじゃなくて、水無月さんの周さんに対する気持ち。」
『水無月は、俺の事を恋愛対象として見てないよ。』
「ちゃんと確かめたんですか?水無月さんの口から直接聞いたんですか?」
恵の問いに周は視線を彷徨わせ、心許無い様子で言葉を紡ぐ。
『そんなの…自分の気持ちも伝えられないのに、水無月が俺をどう想っているかなんて聞けないし…』
「お互いが確かめ合っていないなら、水無月さんが周さんの想いを知らないように、周さんだって水無月さんの胸の内を知らない訳でしょ?」
『それは、そうだけど…』
( 確信が有る訳じゃない。だけど、水無月さんも、心の奥底に言葉に出来ない何かを抱えてるんじゃないだろうか…そんな気がしてならない。)
「もし、もしも…水無月さんの気持ちが周さんとその人との間で揺れていたら?彼も貴方への想いが有るとしたら?」
『水無月が?俺を?いや、無いね。それは無い。有り得ないって。』
目を見開き、手と顔を激しく横に振る周に、恵は口調を強めた。
「だぁーかぁーらぁー。もしもって言ってるでしょ!」
『恵さん、怖いんですけど…』
「ほら、さっさと答えて。」
『もしもかぁ…』
「そう、もしもです。」
(水無月が俺を…そんなの絵空事以外の何者でも無い。だけど、もしも、願いが叶うとしたら…)
『もしも…水無月が俺と同じ想いを抱いてくれたなら、もう誰にも触れさせない。他の奴らみたいに泣かせたりなんかしない。独りになんてしない。ずっと傍に在て、生涯アイツだけを愛し抜くよ。』
周は、目の前に在る恵にでは無く、遠去かって行く水無月を見送る事しか出来なかった己自身に向かって、切望を含んだ想いを口にした。
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