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第97話 隔たり。
ベッドに組み敷かれてから、どのくらいの時間が経ったのだろうか。無理矢理快楽を引き上げられ、身体だけが反応し吐精した。密孔に埋まっていた文月の陰茎がずちゅりと音を立てて抜かれた刹那、水無月の心は喪失感に占められていた。
(待ってと言った、嫌だと言った、それなのに文月は止めてくれなかった…)
文月が荒くなった呼吸を整えながら、背に手を這わせて来た。頸から下肢まで、なぞる様に触れて来る手の平の感触に、水無月の中で嫌悪に近い感情が募っていく。
『…水無月。』
声掛けに応える事はしなかった。彼を避ける様にベッドの上から降り立つと、疲弊しきった身体を引きずりながら、浴室へと向った。貪る様に抱かれ裸体に塗れた汗と白液を洗い流し、浴室のドアを開けようとした其の時、ガラス越しに文月の姿がぼんやりと映り、足が竦んだ。
『…水無月、開けても良いか?』
愛しいと思っていた文月の声が聞こえる。ドア一枚、ほんの少しの距離…けれど、彼と自分との間に、目には見えない心の隔たりが広がっている…そう感じずにはいられなかった。
「…ごめん。」
『…分かった。』
脱衣室のドアが静かに閉まる音で、水無月はまるで金縛りから解かれた様に用意されていたバスタオルで身体を拭き、着替えを済ませた。下着姿でソファーに座り込み、頭を抱えている文月の前に立つと、彼がゆっくりと顔を上げた。
「シャワー浴びて来たら?」
『…帰るのか?』
「…うん。あ、寝室、そのままだったね。文月が浴室に行ってる間に片付けておくよ。」
踵を返そうとする水無月を、文月が抱き竦める。
『俺がやるから、そのままで良い。』
「そう…」
『ごめん…』
「何が?何でごめん?俺がセフレになろうって言ったんだ。文月が謝る必要なんて無いさ。」
(文月だけが悪いんじゃない。寧ろ問題なのは俺の方だ。彼に抱かれて一層心が揺れてしまった。こんな…こんな筈じゃなかったのに…自分の心が何処に在るのか分からない。)
『水無月、今夜…泊まっていってくれないか?』
「ごめん。今夜は帰るよ。』
『そうか…』
何方の声も震えていた。文月は水無月の唇に口付けを落とし、もう一度強く抱き締めてから、自身の腕をそっと解いた。
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