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第98話 恋じゃなくて…

(少しの時間だけでも良い…水無月と一緒に居たい。) どうしても諦め切れず、帰ろうとする彼をタクシーが到着する迄はと、半ば強引に引き留めた。シャワーと着替えを済ませて、急ぎリビングへと戻った文月は、水無月がソファーに腰を掛けているのを目にし、安堵の表情を浮かべる。 『何か飲むか?』 「ううん、大丈夫。タクシーまだかな…」 『ああ、さっき電話したら時間が掛かるって言われた。終電の時間も過ぎたし、週末だからな。』 「そっか…」 『水無月、明日は何か予定入ってる?もし何も予定が無かったら、一緒に映画を観に行かないか?』 「…今度で良いかな?」 『そっか…うん、じゃあ、今度にしよう。』 沈黙を恐れ、会話を続けようと試みるも、気まずい空気が漂う。 (話したい事、尋ねたい事が沢山有る。優しくしたい、そう思っているのに自分の感情を優先させてしまい水無月を傷付けてしまう。こんな筈じゃなかった…) 『あのさ…前に付き合ってた奴ってどんな人?』 「…どうして?」 『其奴の事、凄く好きだったって言ってたろ?水無月が本気で惚れたのがどんな人だったのかなって…』 「どんな人…か…」 『良ければ聞かせてくれないか?』 「…優し過ぎる人。空気みたいな人。」 『空気?』 「うん。いつも俺の気持ちを優先して自分の事には頓着しない奴でさ、俺はそんな彼奴の優しさにずっと甘えていた。傍に居てくれるのが当たり前だと思ってたんだ。」 『どうして別れたんだ?』 水無月は足元に視線を落とし、手の平を指先でしきりになぞりながら、重い口を開いた。 「…俺の一方的な愛だって知ってたから、彼奴に別れを切り出された時に何も言えなかった。」 (愛だって?其奴への想いは恋じゃ無くて、愛だったのか…) 『相手から別れを切り出して来たのか?』 「うん。本当は好きな人が居たのに、俺に同情して傍に居てくれたんだ。最初の内は其れでも良いって思ってたよ。けど…優しくされればされる程、失うのが怖くなった。」 『それなのに、別れを受け入れたのか?』 「辛かったけど、彼奴から別れを告げられて、何処かほっとしている自分が居たんだ。俺からは手放してやれそうに無かったから…」 『お前は、今でも…』 携帯電話の着信音が鳴り、文月は通話を押した。 『はい。ええ、そうです。分かりました。』 「タクシー到着したのか?」 『ああ…』 「じゃあ、帰るね。」 『うん…』 玄関の扉が閉まると、全身から力が抜けてしまい、其の場にしゃがみ込んだ。過去の恋人について語っていた時の水無月の表情が、頭に媚びりついて離れてくれない。 (お前は、今でも其奴の事を愛しているのか?) 彼に尋ねる事が出来なかった。其れを口にしてしまったら、今度こそ終わってしまう。そんな気がした…

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