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第100話 心地好い背中。
「其れ…どうしたんだ?」
『其れって?』
「キスマークだよな?首筋に付いてる。」
水無月の言葉に、周は顔を真っ赤にして首元を手で覆う。
『あっ!い、いや、此れは…恵さんにふざけて付けられたっつーか…』
「…恵さんに?あの人冗談でもそんな事した事ないよ。」
『いや、本当に揶揄われただけなんだって!俺の話も色々聞いてくれてさ。』
「周の話って?どんな話?」
『えーっと、まぁ、其れは大した話じゃないから、みーは気にしなくて良いよ。』
(恵さんには言えて、俺には言えない話って何だよ。其れに、キスマークだって…いくら揶揄われたとしても嫌なら抵抗出来た筈だろ?)
「別に無理に言わなくて良いよ。」
(明らかにホッとしてるし。)
『本当に何でも無いからな。けど、あの人話してみると意外と気さくで、面白い人だった。興味深いな。』
「興味深い?」
『うん。』
「それって、恵さんに対して特別な気持ちがあるって事?」
『は?特別?言ってる意味が…』
「もしかして、周は恵さんの事が好きなの?だから、キスも抵抗しなかったのか?」
『へ?いやいや、キスって、首にされただけだし、話が飛躍し過ぎ…ってか、さっきからどうしたんだ?お前やっぱり何か変だぞ。』
「変?変なのは周の方だろ?」
『え…何で泣いてるんだよ…』
目の前に居る周の姿が涙で滲んでいく…
「ごめん。変なのは俺の方だ…」
『……』
周に手を引かれ、遊歩道に沿って植えられている樹木の茂みに足を踏み入れた。抱き締められ頭を撫でて来る彼の背中に手を回し、肩口に頬を預ける。
『泣き止むまでな。』
「うん…」
目線を上げると首筋に付けられた印が視界に入り心がモヤつく。
(本当に揶揄っただけなんだろうか?恵さんが冗談でそんな事するなんてどうしても思えない。もし、二人が互いに想いを寄せ始めているんだとしたら…)
衝動を抑えきれず、印に唇を這わせ上書きするように強く吸うと、周の手が止まった。
『…みー、どうして?』
「別に…ふざけただけ。」
『ふざけただけって…』
(下手な言い訳…二人が恋人同士になったら、こうして抱き締めてもらえなくなるんだろうな…いつかそんな日が来てしまうって覚悟はしていた。だけど…)
「周。」
『ん?』
「キス…して。」
『……』
瞳を閉じると、顎を掴まれ周の舌が入って来た。激しく攻められ咥内で音が鳴る。
チュッ…クチュ…ピチャ…
「ふっ…はぁ…ん」
『んぅ…はっ…』
(気持ち良い…)
周のシャツの下に手を入れ、腰骨に手を這わすと、彼の唇が俺の元から離れた。
『あ…ごめん…』
(ごめん?恵さんがいるのに俺とキスしたから?俺が周の肌に触れようとしたから?)
新縁の間から快い風が吹き頬を擽る。
けれど、胸の中では冷たい風が通り過ぎていく。
「いや、俺がキスしてって言ったから、周は応えてくれただけだし…俺の方こそごめん…」
『そうじゃなくて、みー、俺さ…』
(嫌だ。卑怯だって分かってるけど、聞きたくない。)
「周!」
『え?』
「足…痛くて歩けそうにないから、部屋までおんぶしてくれる?」
『あ、ああ…うん…』
背に負ぶさると、周がゆっくりと歩みを進める。
「我儘言ってごめんな…」
『ふっ。さっきから、謝ってばかりだな。こういう時は、ありがとうだろ?』
「うん…ありがとう。」
『どういたしまして。』
(背中あったかいなぁ。ずっとこのままで居られたら良いのに。なんて…無理だよな。)
「明日さ、河泉でミーティングが有るんだけど、俺達も出席する事になってるから、外回り終えたら直行な。」
『来月イベントも有るんだろ?楽しみだな。』
「…うん。そうだね。」
(周、俺さ…今度こそちゃんと気持ちにケリをつけるよ。だから、あと少し、ほんの少しの間だけ、お前の背中に寄り掛からせて…)
水無月は周の心地好い背中に顔を埋め、想いに再び蓋をした。
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