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第106話 男の顔。

『葛西惠って、河泉の…』 恵ちゃん? 『そう、君達が担当している河泉のオーナーだよ。気心も知れているだろうから、他の人より説得しやすいと思ってね。』 『あの…』 「松永君、頼んだよ。では、今日の会議は終了!」 部長が話を切り上げ、会議は終了となった。 各自仕事に戻って行く中、周はプレゼン資料を纏める為会議室に残っていた。部長と一緒に退席すると思われた高峰も腰を上げずに留まっている。 何をするでも無く、まるで品定めをするかのように視線を向けてくる高峰に周は痺れを切らす。 『俺に何か話でも有るんですか?』 『いや、別にないよ。』 『それならどうして皆さんが退席されたのに、高峰さんは残っていらっしゃるんですか?』 『…松永君の仕事振りを拝見したかっただけだよ。気を悪くさせてしまったなら申し訳無い。』 本当にそれだけだろうか?体良い口実に聞こえる。かと言って初対面の彼が自分に関心を寄せる理由も思い当たらないし… 『あの…先程の件ですが、高峰さんは葛西さんを指名したって事は彼と面識が有るんですか?』 『どうして?彼じゃ不服かい?』 『いえ、歳は若いですが葛西さんは経営手腕に優れているし、人柄も穏和な方なのでリーダーとして適任だと思います。只、数有る契約店の中から個人経営の居酒屋のオーナーをリーダーとして指名されたのが気になりました。』 高峰は顎に手を当て暫し黙り込む。周の問いにどう答えようか思案しているようだ。 『葛西さんが他にも店を経営しているのは知ってるかな?』 『はい。存じてます。河泉以外は我社とコンサルタント契約を結んでいないので、詳しくは知りませんが…』 『私は葛西さんが経営している他店の常連客でね。彼の仕事振りや人となりを良く知っている。其れで、彼にも協力して貰えたらと思ってね。』 『ああ、そうだったんですか。けど、其れなら俺じゃなくて高峰さんから話をされた方が良いんじゃないですか?』 『其れが出来たら良いんだけどね…』 ぽつりと呟く高峰の表情は、会社の重役としてでは無く一人の男の顔。そんな印象を受けた。 『社長へのプレゼンも有るし色々大変だとは思うが、頼んだよ。』 『はい…そうだ!社長にプレゼンするんだった!うわぁ〜緊張するなぁ。』 『くくっ。楽しみにしてるよ。じゃあ、私はこれで失礼する。松永君、お疲れ様。』 『あ、はい。お疲れ様でした。』 ぺこりと高峰へ一礼し、周は再び資料を纏め始めた。 高峰は車に乗り込み専属の運転手に行き先を告げシートに凭れ掛かると、窓越しに周が居る会議室を一瞥する。 『取り敢えずは様子見ってところか…』 車が走り出し景色が流れ始めると、素の感情は影を潜め、重役の顔へと戻っていた。

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