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お泊まり 1(side:斉藤先生)

 佐藤くんがうちにいる……。  我が家の4人掛けのダイニングテーブルの向かい側に佐藤くんがちんまりと座っているのを、俺はまだ現実だとは信じられないでいた。  出版社での対談の後、気付いたら佐藤くんをうちに泊めることになっていた。  佐藤くんは最初は初対面の俺の家に泊まるというので恐縮していたが、うちに着くとテンションが上がってきて、マンションのベランダからの眺めにはしゃぎ、本棚がたっぷりある書斎をうらやましがり、そして今は帰ってくる時にデパ地下で買ってあげた弁当をうまそうに頬張っている。  俺はそんな佐藤くんに大人の余裕を持って対応していたが、内心は佐藤くんの子犬のような愛らしいしぐさの一つ一つに萌え転がっていた。  ────────────────  俺は大学在学中にラノベレーベルの新人賞を受賞して作家になった。  作家になろうと思ったのは、高校生の時に大好きな古典SFを研究したくて大学の文学部を受験しようとしたら、父親に「わざわざ大学行ってSFみたいな(かね)にならないものを学んで何になる」と反対されて受験させてもらえなかったことがきっかけだ。  今なら父親の言うこともわからないではないし、本気で文学部に行きたかったら大学に入った後で転部するとか色々手はあったのだが、当時の俺はガキだったので単純に父親に反発して「だったらSFで金を稼いでやる」と考え、とりあえずは父親に勧められた大学の経済学部に通いながら、寝る間も惜しんで小説を書いて片っ端から新人賞に応募した。  できれば好きな古典的なSFで応募したかったが、それでは受賞できても大して金は稼げないとわかっていたので、ドラマ化映画化アニメ化の可能性が高いエンタメ系の小説に的を絞って応募し、その結果、俺は無事ラノベ作家としてデビューし、アニメ化、一般小説でのヒット、映画化と順調に人気作家への階段を駆け上がっていった。  恋愛小説の映画化が決まって父親から祝いの電話をもらった時、俺はようやく父親を見返してやったと思えた。  目標は果たせたし、これまでの作家活動で十分な印税も得られたのだから、後は最初の希望通り好きな古典SFの研究をするなり、SF作家に転向するなり好きに生きればいいのだが、残念ながら俺にはそうする踏ん切りがつかなかった。  SFで金を稼ぐという目的があったので、俺が書く小説にはどれもSFの要素が必ず入っているが、世間的には俺はあくまでラノベ作家でありエンタメ作家であり恋愛小説家だと思われている。  俺の作品のSF要素を評価考察してくれる人もいることはいるが、それはSFファンという、読者としてはごく少数の人たちだけだ。  もし俺がSFを書いたとしても、それを買ってくれるのはごく少数のSFファンだけだろうから、売り上げはこれまでの本に比べて大きく落ちるだろう。  売れなくてもいいと割り切れたらいいのだが、あいにくと俺はラノベ作家にありがちな承認欲求が強いタイプなので、自分の本がバンバン売れて多くの人に褒めてもらえないと我慢できないのだ。  だったらSF要素なんか抜きで売れる作品を書けよと言われそうだが、SF好きの変なプライドがそれを許さない。  そんなどっちつかずな自分にジレンマを抱えながら、俺はそれまでと変わらない作家活動を続けていた。

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