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第2章 スポーツ!(11)
前の競技が終わり、実行委員に呼ばれて会議室を出て行く。どうやら、余興の名に相応しく、次の競技では俺たち生徒会役員がメインキャラのようだった。昇降口の前で待ち、放送委員のアナウンスの後、大々的に紹介される予定らしい。
「ていうか、会長」
「何だ」
「俺たち何やらされるんすかー、走るのとかやだよ俺」
「さあな……いざとなったら見せてくれよ、あの全力疾走」
うわー意地悪だ。
さっきの学年短距離走のことを指して言い、会長は意地悪く目を細めた。他の役員も緊張感はほとんどなく、各々好きなことを話して出番を待っていた。平良くんだけ、そわそわと落ち着かない様子だ。
「生徒会の皆さん、出番です!」
不意に外から声が掛かり、それと同時に大層な音楽が流れる。
「――というわけで、各チームから学年1名ずつ、選りすぐりのイケメンがつないできたリレーのバトンを、最後はスペシャルゲストのみなさんにつないでいただくこの競技! さあ、まずはご紹介しましょう。スペシャルゲスト、生徒会役員の皆さんでーす!」
なんという白々しさ……。放送委員の明るいアナウンスが校庭に響き渡り、それと同時に昇降口周辺にスモークが炊かれた。もくもくしている中、会長が背筋を伸ばして一歩踏み出す。スモークが晴れてくると、「おおおおお」という野太い歓声が聞こえた。
「中央に位置するのは、ご存じ我らが生徒会長・各務総一郎! レトロな将校ルックでの登場です。こんな上官なら、是非とも厳しくしてもらいたいものですねー」
え、まさかこれ、一人一人紹介してくの?
なんて突っ込む間もなく、会長は前を進む。そして次にスポットライトが照らされたのは、純白の花嫁である。
「その隣には、女子の憧れ! 白いウエディングドレスに身を包んだ、女王様こと椎葉若菜副会長! 露わになった胸元も、しっかりふくらみができています。いやー手が込んでますねー」
「うおおおおお椎葉様! 椎葉様! 椎葉様!」
野太い歓声が沸き上がる。それに応えるように、副会長は妖艶に微笑んだ。とてもじゃないが、さっきまで鼻血をだらだらと垂らしていた人と同一人物とは思えない……。
「さらにさらに、絶対領域がまぶしいミニスカメイドは、桃華学園のウィーズリーこと千堂兄弟! 大サービスでウィンクなんてしてくれてます」
「まーしーろ!」「まーひーろ!」
それぞれのファンが二人の名を呼び合い、二人はひらひらと手を振ってそれに応えていた。え、こんなんで喜ぶの。こいつらイケメンポジションじゃないの……。
「さあお次は、全然違和感ないぞ! 新宿を制する夜の帝王になりきった、ホスト! 鈴宮流ー! いくらでも貢げちゃうなんて人もいそうですねー」
「きゃああああ」
うわあすげえ侮辱されてるーなんて思う間もなく、黄色い声援(男)が飛んできた。とりあえずにこっと、愛想笑いを浮かべてみる。
「大きな身体に無口なクールガイ! でも実はとっても優しくて気が利く執事さん! 1年には思えない貫禄で、燕尾服を着こなすのは平良くんだー!」
「たいらあああああ」
もはやただ叫んでいるだけのような気もしてきた。平良くんは困ったような気まずいような微妙な表情で、軽く会釈だけして見せる。
「そして本日一番の目玉はこちら! かわいく可憐な転入生! 実は女子高生だった?! と言われたら信じるしかありませんね。おさわり厳禁、剣菱・日向ァー!」
「うおおおおおおおお」「けんびしいいいいい」「かわいいぞおおお」
プロレスか何かの紹介のように、熱が入っている。観客の方もテンションが上がりきっていて、その声だけで地面が震えそうだ。剣菱くんはさすがに怯えている。ちらっと上目遣いで会場の方を見て、困ったように笑ったが、それじゃ飢えた獣と化した男たちのハートを鷲掴みにするだけだ。なんかもうこれだけで、どっと疲れたんすけどお。
会長を見ると、堂々とした振る舞いで立っている。うう、流石だ……。ポーカーフェイスを見習って、実行委員に案内された通り、校庭の中央に行った。他の役員もついてくる。
「さて、役者は全て揃いました。ここで、特別ルールのお知らせです!」
既に第一走者はスタートラインについている。ただの余興であるこの競技は、ルールは至ってシンプルだ。場所も、校庭をそのまま使う。各チームから一人、学年1のイケメンを選び、そのイケメンが一周ずつのリレーを行う。そして最後に、生徒会役員にバトンを渡す、ということらしい。
「第三走者の方は、バトンの代わりに途中であるカードを拾い、役員の方に渡してください。ちなみにカードは3枚しかありません! カードを手に入れられなかった時点で、2チームは脱落となりますのであしからず!」
あれ、全然シンプルじゃなかった。なんかよくわかんないけど、とりあえず俺は走ってくる人からカードをもらえばいのかな?
「役員の方は、そのカードに書いてあるペアで手を組んでください。そして、ここぞこの競技の目玉!! 片方が片方をお姫様抱っこして、走ってゴールしてください!」
「は?」
「なんだと?」
俺の声と、会長の疑問の声が重なる。
「ちなみにペアに関しては、厳選なるくじびきで決まりました! 苦情は一切受け付けておりませんのであしからず!!」
えええ、余計意味がわかんなくなった。
余興って、つまりそういうこと……?
「さあ、第一走者のスタートになります! 目を離さず、イケメンの走りっぷりをご覧ください!」
アナウンスの勢いに押されて疑問を挟む余地もないまま、第一走者の一年生が、スタートの掛け声とピストル音を合図に走りだす。
「会長なんも聞いてないの」
「仮装のことだけは聞いたんだが」
「姫抱きとか……男同士でむさいだけじゃんねー」
平良くんとペアだったらどうしよう。絶対持ち上げられない。かといって持ち上げられるのもいやだしー。
未だ決定してもいないことで悩んでいる俺を尻目に、イケメンがトラックを駆けている。流石に、選り抜きのイケメンたちは、イケメンだ。もうイケメンがゲシュタルト崩壊するレベルだけど、走っている姿も絵になっている。一年生だというのに、ファンクラブが出来上がっているのか、コーナーを曲がる度に黄色い声援(男のね)が上がっていた。
「いいペースだな」
会長が感心したように呟いた。その言葉通り、現時点で一位の走者のバトンが、第二走者に渡ろうとしていた。第二走者は二年生で、さりげなく、雫も混ざっている。別に応援なんてしないけど、その分、やっぱり黄色い声援(男のね)が、会場からは大きく聞こえていた。雫は、バトンを受け取った時点では三位だったはずなのに、ぐんぐんスピードを上げて、前の走者二人を抜かしにかかった。バトンゾーン直前で一位になり、三年生へとバトンを渡す。つい、その走りに目を奪われてしまったのは、ここだけの話。
「生徒会の皆さん、そろそろ準備のほう、お願いしまーす」
第三走者が全員スタートを切ると、実行委員が声を掛けてきた。それに頷いて、スタートラインに位置する。俺はスーツだからそれほど動きにくくはないけれど、会長の将校服とか、副会長のドレスは大変そうだった。これで走るなんて、ほんと、拷問だよなぁ……。企画発案者はとんだ鬼畜だなー、とまで考えて、なんとなく、新聞部部長の顔が浮かんだ。……いやほんとにね、なんとなくだけどね。
一生懸命走っている三年のイケメンな先輩たちの姿を見ていると、トラックの真ん中まで辿り着き、腰を屈めて何かを拾っている。あれが噂の、俺たちの組み合わせが書かれている、運命のカードらしい。……重くありませんよーに、思わず願うひ弱な俺でした。
「さあ、最終走者の三年生が、順にカードを拾って行きます! カードを拾ったら、すぐに生徒会の皆さんの前に行き、カードに書かれている通り指名してください!」
実況担当の放送委員が、やけに張り切ってマイクに向かう。スピーカー越しに聞こえる指示を合図に、カードを拾った三年生が、一斉に俺たちのほうへとやってきた。
「会長!」「椎葉様!」「平良!」
おお、綺麗なハモり。思わず感心するくらい、同時に、役員の指名に入る。
「勿論……剣菱だろうな?」
うわー完全に私欲が混ざってる。指名に応える代わりに、低い声でそう囁く副会長の声に、カードを持った三年生はこくこくと何度も声なく頷いた。よかったね、副会長……。そう思う間もなく、副会長は剣菱くんの元に向かっている。ドレスで。
「会長は鈴宮を抱っこしてやってくれ」
「えっ」
よその心配している場合じゃなかった!
会長の前に立った三年が、俺を指名した。思わず驚きに声が出る。そろり、恐々と会長を見ると、思い切り眉間に皺を寄せていた。
「嫌がってんじゃねえよ」
「嫌がるていうか予想外っていうか、」
まさか、自分が姫抱きされる側っていうのは、全くもって考えていなかった。俺がごにょごにょ言う間に、会長が近くに寄って来た。
「暴れんじゃねえぞ」
ある種真っ当な警告を俺の耳元で囁くと、そのまま、会長は俺の腰を抱え、膝裏に手を回してくる。ふわり、宙に浮かぶ感覚がする。
「うわ、わ、」
「落ちてもしらねえぞ」
「いやマジこれ怖い怖い怖い」
がっしりとした会長が、しっかりした将校服に身を包み、チャラけたホストの格好の俺を、丁寧にお姫様抱っこしている。浮遊感に堪えきれず、俺も、自ら会長の首筋に腕を回した。意図せず、密着する形になる。
ちらりと横を見ると、ふわふわした花嫁衣裳に身を包んだ椎葉副会長が、ミニスカートを揺らす女子高生姿の剣菱君を、めちゃくちゃ蕩けきった顔でお姫様抱っこする姿が目に映る。さらにその隣では、平良くんが、……双子を、抱っこしておんぶしていた。
「頑張れタイラー」
「君ならできるって信じてるよ」
「は、はい……」
前では真尋をお姫様抱っこ、後ろでは真白をおんぶ。流石にすげー重そうで、可哀想になるが、平良くんは諦めなかった。衣装的にも体勢的にも、双子の背があと10センチは低かったらな……。
「うわっ」
「他に気ィ取られてる余裕はねえぞ」
俺が平良くんに同情してると、ぐん、と身体が揺れる。会長が俺を抱えたまま、走り出した。その言葉通り、ブーツで地面を蹴りあげて、ぐんぐんとスピードを上げてゴールを目指す。
「なんでこんな、」
がんばるの。
問いかけは声にならなかったが、会長は僅かに口端を上げた。
「やるからには、勝たねえと。……だろ?」
そうだった。この人はいつだって真面目で、手の抜きどころを知らない、一生懸命な人だった。
勝ち気な笑みに、いつもみたいに茶化す言葉は返せずに(決して見惚れてたとかではない)、俺はただ、ぎゅうとしがみつく腕に力を込めた。
会場では、特に、花嫁が女子高生を興奮気味に抱っこしているのに歓声が上がっていた。将校とホストの需要なんてどこにあるのって感じだったが、ぱしゃぱしゃと連続して、写真を撮られているのは薄々と感づいた。
特に障害物もなく、トラックをお姫様抱っこされて一周すれば終わりだった。やはり鍛えられた会長の走りは早く、二位以下を引き離してのゴールになりそうだ。会長はゴール手前で、さらに勢いをつけた。
「さあ、今、将校がホストを連れて、ゴールとなります! 決して交わることのない時代背景の二人が今、抱きしめ合いながら、ゴールテープを切りましたー!」
多分この放送委員も、雫とか新聞部部長とかと似た感じの嗜好なんだろうなあ。熱の入った放送を耳に入れながら、その言葉通り、俺たちはゴールテープを切った。
「お疲れ様、会長」
「ああ……お前も、よく落ちなかったな」
拍手喝采を浴びながら、ゆっくりと会長の身体から下りる。会長も、それには協力してくれた。顔を見て労わると、会長が微かに笑った。俺の肩をぽんと叩く会長の顔はどこか青白く、額には汗が滲んでいる。
――あ、なんかイヤな予感。
胸にヒヤリとしたものを感じたのとほぼ同時、会長が、俺の方に倒れ込んできた。咄嗟に受け止める。会長の顔が俺の肩に埋もれ、荒い息を直接感じる。
「おおっと、無事ゴールした喜びからでしょうか?! 各務会長と鈴宮さんが、熱い抱擁を交わしています!」
ちがうちがうちがうってば。
否定したいけれど、声にならない。
ふわふわひらひらした花嫁ドレスは流石に動きにくいようで、副会長と剣菱くんのゴールにはもう暫くかかりそうだった。双子と平良くんは、論外だ。もうそろそろ、三人四脚に移行しそうな勢い。
「かいちょ、だいじょーぶ?」
「ああ、……」
これはだめだ。
潜めた声で訊くと、掠れた声が耳に入る。その声はぐったりとしていて、覇気がない。片手で前髪を払ってみると、苦しそうに眉根が寄っていた。
「救護室、行かなきゃ」
「いい。少し休めば治る」
「だからさ、少し休みに行こうよ」
俺に凭れかかるのを、少し休む、とは言わないよね。
小さく囁くように言うと、会長は観念したように唇を結んだ。「そうだな、」と小さな声で頷くのに、俺は満足した。
「うわっ、……か、会長?」
でも結果発表は待たなきゃなあ、と思っていたときだった。
会長の身体から力が抜け、凭れる力が重くなる。
副会長と剣菱くんがゴールをしたのを喜ぶ喝采が、遠くから聞こえた。
――会長が意識を飛ばしたのだと気付くまで、暫く時間がかかった。
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