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第3章サマー!(9)

 とうとう、二泊三日の合宿も、最終日を迎えた。あんまりバカンス出来ずに終わった気がする……。普通に朝起きて、バイキングな朝ご飯を食べて(今日は和食メインにしてみた。美味い。)、部屋に戻ったらすぐに帰り支度をする時間だ。  会長は、昨夜は自分の部屋で寝たみたいで、姿がなかった。朝食のときに顔を合わせたけど、すげー気まずくて、俺から顔を背けてしまった。ちなみに剣菱くんとも割と気まずい。アレ、なにこれ、俺アウェーじゃね? 「す、鈴宮、さん」  荷造りの最中、平良くんがこそっと話しかけてきた。珍しい。手には携帯を持っている。 「なに、どしたのー?」 「北野、が」 「北野くん?」  まるで剣菱くんのために辞めたみたいになっている、野球少年北野くん。きゃんきゃん吼える小さな柴犬みたいで可愛かった北野くんが、どうしたのか。そういえば、野球部は野球部で、大事な試合があるっていうのは聞いていた。 「優勝、したらしいです」 「え。えええ」  さらっと、さらっと言ったよこの子! 「やるねえ」 「まさかだね」  双子は驚きもせずに優雅にお茶を飲んでいる。もっと感動しろよ! 「タイラーの愛が」 「届いたんじゃないかい」  双子がにやにやしながら言うと、平良くんがぶわっと真っ赤になった。え、なにこれ。……なにこれ? 「ち、ちがい、ます。でも」  平良くんが、携帯を突き出してきた。それとほぼ同時に、ぶるると携帯が震えている。ディスプレイに表示されたのは、噂をすればなんとやら、の北野くんの名前だった。 「あ、平良くん、出たら」 「あ、はい、――もしもし、」  平良くんが携帯に耳を近付けて、何か話している。その平良くんの表情が今までに見たことのないほど柔らかくて、俺は目を疑った。だから、思わず、平良くんから携帯を奪った。 「あ、もしもし北野くーん? お久しぶりー!」 『すっ、鈴宮さん?!』 「そんなに驚かなくていいじゃーん。優勝だって?」 『あ、は、はい!』 「おめでとー! ……で、なに、甲子園、いくの?」 『う、うす!』 「まじ! すごいねー頑張ったねえ」 『あ、あざす!』  うーん、この、ザ・体育会系の返事、懐かしいなあ。これで首席入学だっていうんだから、天は二物を与え過ぎでしょ。俺が更に話を続けようとしたら、横から腕が伸びてきて携帯を取られた。双子だ。 「優勝」 「おめでとう」  うわあ、代わりばんこに話されるのって、携帯だとウザいだろうな……。一言二言話したら、やっと、携帯が平良くんに戻った。平良くんは安心したようなほっとしたような顔になって、それからまた、何だか顔を赤くしている。……北野くんと仲良しなんだな、うん。そう思うことにしておこう。  そんなこんなで、身支度が終わった俺たちは、荷物を持って部屋を後にした。  ぞろぞろと廊下を歩いてロビーに出る。其処には会長も来ていて、副会長が受付に諸々の手続きを済ませに行った(仕事している、すごい)。女将さんこと会長のお母さんや、会長の妹の朱莉ちゃんも、見送りに来てくれている。 「おにーさんたち、もうかえっちゃうの?」 「そうなんだ。本当はもっとずっといたいんだけどねえ」 「また来てくれる?」  純真爛漫な天使みたいなきらきらとした瞳でそう言われたら、何度でも頷くしかないよね。俺は思わず片膝を床に着き、朱莉ちゃんの小さな手をぎゅっと握りしめていた。 「もちろん。朱莉ちゃんが覚えてくれてたら、いくらでも」 「さすがに小学生は」 「犯罪だよ」  負けじとにこやかなイケメンスマイルを意識して言ってみたら、思い切り双子に野次を入れられた。タイミングが悪いけど、朱莉ちゃんがきゃらきゃらと楽しげに笑っているから、まあよしとしよう。  会長の鉄拳が落ちて来なかったのは意外だけれど、やっぱり向こうも向こうで、きっと気まずいんだろうなー。ちらり、会長の方を見ると、ばちりと目が合う。あ。……一瞬で逸らされた。切ない。  何か言い掛けたところでチェックアウトを済ませた副会長が戻ってきて、俺たちは、旅館を後にすることになった。しっかり、会長のお母さんには挨拶したよ、もちろん。  久し振りの実家を満喫するという会長を旅館に残し、俺たちは再び、木内さんの運転する車に乗り、麓の駅を目指した。後は、それぞれ土産を買って、電車に乗って大きな駅に着けば、目的地はばらばらだ。俺は学園島に戻るけれど、他のみんなは一度、実家に帰るらしい。詳しく聞いたことがないから知らないけれど、きっとみんな、良いところのお坊ちゃんなんだろう。  一人でガタンゴトンと電車に揺られ、ゆらゆらと船に揺られる間、この三日間で起こったことが頭を過ぎって、ガンガンと頭を打ちつけたくなった。しないけどね。……しないけどね!  会長の意図も剣菱くんの思いも全くわからない。会長はまあ、欲求不満のときにいつもたまたま近くにいるのが俺っていうだけなんだろうけれど。本当に、島に戻ったら会長好みのかわいい子を紹介してあげよう。チャラいくせに鈍いっつーのが、既に中々難しい条件だ。なんだかんだであの人、理想が高いんじゃねーかな。  剣菱くんも多分事故の範疇なんだろうけど、副会長がこわい。俺と剣菱くんが事故とはいえキスしたと知ったら……い、生きて帰れる気がしない。一瞬の気の迷いで、ひとの命が危ぶまれるようなことをしないでほしい。――絶対、あのことは、副会長に知られるわけにはいかない。  ……と、そんなことを考えていたら、いつの間にか学園に着いていた。もうちょっとこう、華のある悩みが欲しいよね……。  出て行ったときよりも土産用の袋が増えた大荷物で、寮の入り口を通る。基本的に、夏休みの寮は、静かだ。部活の合宿だったり、帰省だったりで、寮にいる生徒の数が少ない。今日もがらんとしたロビーを通り、部屋に戻ろうと歩みを進めたら、嫌な予感がした。前方からやって来る黒い服を着た長身の姿が見えたからだ。  だから俺は自然に、方向転換をしてみたのだけれど……。 「よお」  見つかった。ぎくりとする。 「何隠れてんだ」 「あ、バレた」  でかい観葉植物の後ろに身を隠したつもりが、すぐに怪訝そうな声が降ってきて、失敗と化す。俺を覗き込んできたのは紛れもない風紀委員長で、また絡まれるのかと少しげんなりした。 「生徒会の分際で合宿たァ、いい御身分だな」 「ほらやっぱり厭味言うー」 「ああ? 嫌味じゃねえ、挨拶だ」 「もー、今は委員長の挨拶に付き合ってる元気ないんだってば。コレあげるから勘弁してー」  本音だ。  紛れもない本音を伝えて、俺は手にした袋の中から山形名物さくらんぼクッキーの箱を、委員長の胸元に押し付ける。 「んだと、……お。おお……?」  クッキーの箱を改めて見た委員長の目の輝きが変わった。中々、悪くない反応だ。やっぱり土産はご当地モノだよね。 「鈴木さんと食って。そんじゃ、またねー」 「あ、おい」 「なにー」 「各務の野郎は、戻ったか」  ひらひらと手を振ってはいさようなら、そうしたかった俺を、委員長は引き留める。会長の名前が出て来ちゃったら、スルーするわけにはいかない。俺は振り返って、ふと笑った。 「元気だよ。おかげさまで」 「それなら良い。また腑抜けたら、今度こそ解体だっつっとけ」 「はいはい、委員長からのラブコール、受け取りましたー」 「ラブコールじゃねえ」  軽く殴られた。痛い。  ごほん、と咳払いをする委員長は、何処か照れたように、顔を背けている。 「あいつが、いつも通りじゃねえと、張り合いがねえからな」  ぼそりと呟かれた言葉に俺は耳を疑った。 「じゃあな。……土産、サンキュ。鈴木にもやっとく」  そしてまた続く、素直な委員長なお礼に、やっぱり耳を疑う。あの、委員長が、素直になってますよ! 「明日は槍が降るかなあ……」 「なんか言ったか」 「なんでもないなんでもない! じゃ、委員長、良い夏休みを!」  ひらひら、再び手を振って、これ以上殴られる前にと俺は脱兎の如く駆けだした。「おー」という相槌が後ろから聞こえてきて、少しほっとする。しかし、夏休みっていうのは、人の心に色んな変化を与えるらしい。素直な委員長、頂きました。  エレベーターに乗って、自室まで向かう。俺たちの部屋がある階も、いつもに比べると随分しんと静まっている。自分だけの足音が響くのって、変な感じ。久し振りに帰る自室っていうのは、少しだけ緊張する。別に、待っているのは、幼馴染ただ一人だけなんだけど。 「ただいまー」  がちゃり、ドアを開けて挨拶をする。出て行ったときと何も変わらない、いつも通りの部屋が其処にはあった。 「おー、おかえり」  椅子に座って漫画を読んでいた雫が、いつも通り、出迎えてくれる。俺は荷物を置いて、手にした袋の中から、ご当地の萌えキャラ?らしい、可愛い女の子のイラストが描かれているストラップを取って、雫に差し出した。 「はい、なになにちゃん」 「うおおおおおご当地ちぇり子じゃねーか! ありがとう! ありがとう流!」 「ど、どーいたしまして」  両手でそのストラップを受け取った雫のテンションがものすごく上がった。勢い余って俺に抱き着いて頬擦りまでしてくるから、若干、いや、大分、引いた。 「喜んでくれてよかったー離れてー」 「流」 「はい?」  さりげなく雫の肩を押して距離を取ろうとしたが、無理だった。背中に腕を回され、強い力で抱き締められる。そして真剣な声色で名前を呼ばれて、ひやりとした。 「な、なに?」 「逆効果だったな」  顔を上げた雫が、俺の首元を見つめてくる。雫の指先が辿るのは、出かける前に、雫が悪ふざけで付けた赤い痕。もう薄くなっているけれど、コレのおかげで会長に色々勘違いされた(そういや誤解まだ解いてない)、曰くつきのやつだ。 「虫除けならぬ虫寄せってか」 「うまくないってばー……色々、大変だったんだよ」 「おー、聞いた」 「他人事ですね!」  そりゃそうだ、雫には何も関係ない。  服越しに感じる雫の体温は、冷房でキンキンに冷えた部屋の中では心地良くて、つい絆されそうになる。強張っていた身体の力を抜いて、雫の肩に頭を預けた。 「流、」 「なんかさあ、」  珍しく、雫の戸惑ったような声が聞こえてきたけれど、気にしない。 「みんな、欲求不満なのかなー」 「ああ?」 「会長も剣菱くんもさー」  特に会長はヤバいと思う。一刻も早く女の子を紹介してあげないといけないレベルだ、きっと。 「――欲求不満つったら、やらしてくれんの?」  ふ、と。  耳を擽る雫の声に、はっとして顔を上げた。俺を見下ろす雫の目は、今まで見たこともない色をしている。え。まさか、欲求不満がまた一人増えたなんてことは……。 「なーんてな。冗談に決まってんだろ、ばーか」  真面目に考え込んでしまった俺の耳に入ってきたのは、溜息混じりの雫の声だった。くしゃりと髪を撫でられて、一度瞬く。その表情を確かめたかったけど、ぎゅ、と強く抱き締められてしまって、顔を見ることはできなかった。 「雫までどうかしちゃったのかと思った」 「どう、かはしてるかもしれねー」 「えええ。……まあ、本気で言ってたらちょっと友達やめるけどね」 「まじか」 「まじです」  やらしてくれ、なんて言って良いお友達でいられるのは、後腐れのないそういう関係の女の子だけだってば。驚いたらしい雫に頷いてやると、またぎゅ、と抱き締められた。背中をぽんぽんと撫でてやると、そのまま力が込められて、ぽすり、と背中に柔らかい感触がして目を瞠る。この柔らかさ、よく知ってる。俺のベッドだ。 「な、なに」 「押し倒してみた」 「意味わかんない!」  さっき、冗談って言ったばっかりの人の行動じゃない!  蛍光灯の陰になっている雫の顔を見上げて、ぞくりとする。その目の色が、俺の知らないものだったからだ。 「し、ずく」 「――流、」  名前を囁かれて、耳元に唇を寄せられた。空気が掛かって、ぞわりとする。慌てて、雫の肩に手を掛けて、離そうとした。雫の顔が離れ、改めて俺を見る。 「ななななになになになんなの」 「――出来るじゃん、抵抗」 「え」 「会長にも剣菱にも、そうしろよ。流されんじゃねえぞ」  そう言う雫の声色は、低い。俺を見下ろす瞳も半眼で、ちょっと、こわい。 「流されてるわけじゃないよ、……多分」 「流されないでキスするぐらい、好きなのか」 「え」 「会長のこと」  雫の顔は、真剣なものだ。いつもの男同士の絡みでテンションが上がったり邪推したり、そんな様子は微塵もない。問いかけの内容よりもそっちの方が衝撃で、俺は小さく息を呑んだ。  ――俺が会長を好きなんて、そんなわけない。 「だ、って、会長、男だよ」 「関係ないだろ」 「雫、知ってるでしょ、俺が好きなのは女の子、」  別にやましいことはないはずなのに、真っ直ぐと俺の目を見る雫の瞳を見ることが出来なくて、目を逸らした。雫の指が、俺の頬に触れてくる。目を背けることすら、許されないみたい。 「流」 「なに」 「――お前が、本気で好きなら、何も言わない。でも、ただ流されてるだけなら、やめてくれ」 「しずく、」  まるで請うような声色に、俺は目を瞠る。顔を上げて雫の表情を見ようとしたら、雫が覆い被さってきて、俺の肩に顔を埋めてくるから、敵わなかった。 「心配、してくれてんの?」 「当たり前だろ。……親友が、流されてホモになるとか勘弁してくれ」 「流されなかったらいいの」 「お前が幸せなら、それでいいよ」  ぽつりと呟く雫の言葉に、胸が締め付けられそうになった。 「親友が生徒会入りとか萌え! 会長とフラグが立ったら写真くれ! ……とか言ってたくせに」 「リアルになったら考えも変わるだろ」 「つうか、俺が会長とどうにかなるとか在り得ないから。俺的にも向こう的にも」 「お前のその、チャラいくせに鈍いところどうにかしてくれ……」  だから雫くん、それは会長の好みの話だってば。  宥めるように雫の背中をぽんぽんと叩いて、ついでに頭も撫でてやる。 「心配性だなー、雫くんは」 「心配させすぎなんだよ」 「わかったわかった、心配かけてごめんね。ついでに俺のこと癒してよ、人肌で」 「は?」 「このまま寝さしてー、長旅とかで疲れちゃった」 「は?」 「おやすみー」  何か言いかける雫を背中に腕を回してぎゅと抱き締めて、ついでに上から夏用のブランケットをかけて(この部屋は冷房が効きすぎてて寒い)、目を瞑る。人肌が、すごく気持ち良い。雫の言葉の深い意味は考えないようにして、ついでに頭に浮かびそうになる会長の顔も打ち消すようにして、俺の意識は徐々に眠りの淵に落ちていった。  「あーあ、親友ってうまいんだか切ないんだか、微妙なポジションだなマジで」  自分の下で心地よさそうな寝息を立てている鈴宮を見下ろして、天乃は大きな息を吐き出した。白い肌とか、長い睫毛とか、半開きの口許だとか、そんなものが無防備にさらされている現状に、泣き出したくなる。会長や剣菱に手を出されたことを危惧したって、結局、彼の甘さに付け入っているのは自分だって同じことだ。 「くそ。……手ェ出されたら手ェ出すからな、マジで」  脅しめいた囁きを寝ている彼の耳元に囁くと、心地よさそうだった顔が、顰められる。むずがるような仕草さえ愛おしく思えてしまって、もう終わりだと自分に絶望する天乃であった。  ――二次元BLのように、うまくはいかない。

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