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第4章 フェスティバル!(5)
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青い空に白い雲、光る太陽に爽やかな風。文句ない秋晴れの空に、パァン、と花火の音が鳴り渡る。パンパンパン、と三連発で青空に光が吸い込まれ、――それを合図に、幾重ものカラフルな風船が空へと放たれた。ついでとばかりにばらまかれるカラフルな紙吹雪、そして、開かれる門。
「お待たせしました! 桃華祭、始まりでーす!」
放送室からスピーカー経由で響き渡る、放送委員の澄んだ声。
開いた門の隙間から、わらわらわらと入り込んでくる、人の波。徹夜で並ぶ人もいるってウワサだ。すごい。
校舎の最上階に位置する生徒会室からは、外の様子がよくわかる。校庭に隙間なく並ぶ屋台の数々、呼び込みの生徒たちの姿。うーん、ヒトがゴミのようだ。
窓に頬杖をついてそんなことを考えている俺の頭に、ぽん、と柔らかい感触がして視線を持ち上げる。
「何ぼーっとしてんだ。見回り、行くぞ」
「はいはいはあーいー。あ、俺、途中で抜けるっすよ」
「手芸部と仮装だろう。知ってる。それまでの間、精々働けよ」
会長が無愛想に言って、歩き出した。
――その顔には、体育祭のときのような疲労の色がなくて、少し安心する。
生徒会室から颯爽と出て行こうとする会長の後を「待って待って、一緒行きましょうよー」って慌てて追いかけた。左腕にはがっつり「生徒会」の腕章を着けて、身分証明もばっちりだ。
いざ行かん、華の文化祭。――なんつって。
四階は生徒会室や会議室があり、文化祭実行委員本部がある階だから、特に出し物は用意されていない。一階下、三階からがメインだ。廊下に美術部の作品が並び、窓も床も壁も、ド派手な飾り付けがされている。しかも、その教室や近くに出品されているイベントにちなんだ絵柄だったりするから、芸が細かい。物珍しくてキョロキョロと辺りを見回していると、不意に腕を引っ張られた。
「わ、」
「危ねえ、ぶつかるだろ」
「さ、さーせーん」
つい、展示の絵に激突するところだったみたい。会長が引き寄せて助けてくれた、けど、距離の近さに色―――夏の日の事故とか、剣菱くんと触れ合っていた様子とか――が頭ん中を駆け巡って行って、俺は慌てて会長から身を離した。
「こっ、こんなやべー作品、壊したらやべーっすよね! マジやべー!」
「――ああ、そうだな」
会長は片眉を上げたけれど、それ以上は何も言わずに、俺の一歩先を行く。きーまーずーい、けど、自業自得です。知ってる。
三階には、一年生の教室がある。丁度そのとき、『メイド執事喫茶』とメルヘンな字体で描かれた看板が目に入り、思わず足を止める。それに気付いた会長が、「どうした」と振り返ってきたので、その看板を指差した。
「平良くん、頑張ってるんじゃないすかー」
「ああ、あいつのところか」
そろそろ、門から校舎内に入ってくるお客さんもじわじわと増えてきて、私服の人たちがちらちら見えるようになってきた。その教室を指差すと、合点したように会長が頷く。
「応援しにいかなきゃあ」
「邪魔すんなよ」
「はいはい」
と言いながらも、会長だって覗く気でいる。
こーんにちはー、と、その教室のドアをがらりと開けると、「ぎゃははは!」と品ない、しかし聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。
「また執事かよ、それしかねえのかお前」
「決めたのは俺じゃない……」
背伸び、というかむしろジャンプをしながら平良くんの頭をばしばし叩いている楽しそうな小さいのは、懐かしの野球少年兼元補佐の柴犬系男子こと北野くん。
「いやいや、超似合ってんじゃんねー。つうかその辺にしないと縮んじゃうよ、平良くん」
「縮むくらいが丁度良いっすよ、……って、鈴宮さん! 会長も、ちーっす」
そこで初めて俺を認識した制服姿の北野くんは、礼儀正しく頭を下げてきた。うん、変わりなく、ザ・体育会系だ。落ち着く。
「平良くんの執事がまた見たくてさあー? 似合ってんじゃん!」
「あ、ありがとうございます……」
相変わらず照れ屋の平良くんは、俯き加減に頷いている。よしよし、思わず撫でたくなるね。と思っていたら、平良くんの隣の北野くんが背伸びをしてわしわし頭を撫でていた。可愛がってるなあ。
「そろそろ開店の時間だな。無理はするなよ、平良」
「は、はい!」
会長からの思いがけない労りの言葉に、びしっと背筋を正して頷く平良くん。高身長に、黒髪、穏やかに整った顔立ちと、正に女の子からしたら理想の執事像そのものだ。会長は目を細めて頷いてから、執事喫茶の責任者と話をしている。
「俺もそろそろ行かねえと。あ、野球部、外でタコ焼き焼くんで、よけりゃ買ってってくださいよ。サービスしますから」
「マジ! 北野くんお手製タコ焼き食いてえー。残しといてね!」
「はいはい。じゃあ、気張れよ平良」
「う、うん。……北野も、頑張って」
「! おう」
平良くんからの言葉に、北野くんは少し驚いた後、歯を見せて笑った。すごく嬉しそうな笑顔だ。うーん、仲良しだなあ。なんてほのぼのしていたら、「す、鈴宮さん……!」と、聞き慣れない声で名前を呼ばれた。
「はあいー?」
反射的に振り返ると、黒と白のふりふりヒラヒラなメイド服(丈が超ミニ)に身を包み、白いひらひらのヘッドドレスを身につけて、白いニーハイを履いた茶髪ツインテールのものっすごい可愛い子が頬を染めて俺を見ていた。
「い、いらっしゃいませご主人様!」
「うんごめんね俺客じゃなくて見回り中ー」
ていうかキミ、誰だっけ。
「あっ、すみません……!」
じい、と上手に化粧をしている顔を眺め見て、あ、と思い当たった。この子は、アレだ。ことある毎に俺をフリーマン呼ばわりする、あの子……!
「ああ、キミも平良くんと同じクラスなんだ?」
「ぼっ、ぼ、ぼくのこと覚えて、」
「危ない、湯原」
鼻血を出して倒れそうになる湯原くんとやらを、咄嗟に支える平良くんの執事力はすごい。って感心してたら、頭に軽い衝撃を受ける。本日二度目。
「何やってんだ、次行くぞ」
「あだ、もー暴力的ィ」
話が終わったらしい会長だった。
振り返ることもなく歩き出す会長を慌てて追いかけて、「じゃあね、頑張ってね平良くーん」とひらひら手を振って俺も執事メイド喫茶を後にした。――なんだか幸せそうに鼻血を拭っている湯原くんとやらは見ない振り、しとこ。
三階を粗方見て回っていたら、廊下の先に派手な二つの影を見つけた。嫌な予感がして、くるりと回れ右をしてみたけれど、向こうが俺たちを見つける方が早かった。両サイドから、二つの影に回り込まれる。
「やあ」「やあ」
わー、ステレオ音声止めてー。
二つの影の正体、長いコートとマフラー・金髪の上から雑に赤毛のカツラを被った双子が、左右から顔を出してきた。敬愛する、某魔法学校モノの双子の仮装みたいだ。雑だけど、イケメンは何をしても似合うからずるい。
「何やってんだ」
会長も訝しげに二人を見る。
「決まってるでしょ」
「見回りだよ見回り」
どうでもいいが、こいつら会長相手にタメ口である。つよい。
「何か変わったことあったー?」
後ろがざわざわしているのは、この双子が視線を集めている所為だとは思いたくはないけど、認めざるを得ない。なんせこの二人の長所は、顔だ。
「変わったこと」
「あれかな」
「あれだね」
「なんだ、はっきり言え」
顔を見合わせて短く言葉を交わす双子に、短気な会長はわかりやすくイラつき始める。ですよねー。
双子は何処か楽しそうに笑って、内緒話するみたいに俺たちに顔を近付けてきた。
「セキュリティ関連に」
「気を付けるべきだね」
唇に人差し指を宛がって思わせぶりなことを言う双子に、会長の眉間の皺が深く深く……あっ、コワイ。
「どういう意味だ」
「そのままの意味さ」
「侵入者にご注意を」
「ああ?」
片目ずつウィンクをする双子に、ついに会長の額に青筋が浮かぶ。うっ、コワイ。
しかし鋼のメンタルを持った双子は、「それじゃあ」「ボクらは行くよ、チャオ」「チャオ」なんて言って俺たちに背を向けて歩き始めている。
長いマフラーをはためかせる後ろ姿を見送ると、会長の口からは重く深い溜息が零れた。
「なんなんだあいつらは……」
「セキュリティとか侵入者とか、縁起悪いっすよねえ」
「セキュリティは完璧な筈だ……、くそ。ああ言われると気になるな」
会長の真面目さが顔を出す。小さく舌打ちをして、がしがしと頭を掻くその顔には、「面倒くせえな」とありありと書いてあるけれど、放っておくわけにはいかないんだろう。
「――仕方ねえ。警備部に顔出してくる」
「あ、はい」
「鈴宮、お前は時間まで見回り続行してくれ」
「リョーカイっすー」
敬礼の真似をしてから、ひらひらと手を振って、お客さんの合間を縫って急ぎ足に警備部を目指す会長の後ろ姿を見送った。生徒会長も大変だなあ。
――さあて、どうしようかなー。
時計を見ると、手芸部との約束の時間まであと少しってところ。見回りがてら遠回りして手芸部を目指そうかなあ。しかし人が増えてきて、廊下を歩くのも大変だ。
「はーいそこのイケメンくん、一杯やっていかない?」
特にこのブースの周りに人が多い、何をやってんのかなー。って、覗きに行こうとしたそのときに、声が聞こえた。イケメンくんって、誰に向かって言ってんの。つい振り返ると、此方を見てくる人とばっちり目が合った。あ、俺か。ていうか、その人にこそ、見覚えがある。
「何やってんの、……雫」
「あ、速攻バレた」
白いシャツに青を基調とした上着、長いスカーフ、みたいなアイドルっぽい衣装に身を包み、髪をセットして爽やかな笑顔を浮かべているのは、見慣れまくっている同室者兼幼馴染みだった。その手には、『おいでませイケメン喫茶』とでかでかと書かれた看板を持っている。そういえば、雫のクラスはそんな出し物を行うと聞いていた気がする。
「文字通り看板息子、ってな」
ばち、とウィンクされて、俺はどういう反応をすればいいでしょうか……。
「うん、カッコイーよ、イケメンイケメンー」
「うわー心こもってねー」
「しかしすごい人気だね、行列じゃん」
そう、見れば教室の入り口から、若い女の子中心に列が作られて、隣、そのまた隣の教室まで続いている。何これなんでこんな人気なの。ずるい。俺だって女の子に並ばれたい……。
「事前に公式サイトでPR、お気に入りのイケメンと握手アンドじゃんけん大会、勝ったらチェキ撮影権ゲット。さーらーに、オリジナルブロマイド配布っつー企画だけど、羨ましい?」
「マジもんのアイドル扱いじゃんね、いつデビューすんの……?」
自棄のように早口で説明されて思わず圧倒される。そんなことがこの中で行われているなんて。ごくり……、入り口からちらりと教室を覗いて息を呑んだ。キャァー、なんて歓声が聞こえてくる。
「俺はただのゲスト、メインにはならねーよ。有名になったらおちおちマンガも描けねえしなー」
「なるほどねえ……」
そんな雫が何故、看板息子として活躍しているのかは聞かないでおこう。
「まあ、看板持ちする代わりにイケメン同士がキャッキャ絡んでんのを間近で見られんのは悪くないよな」
あっ、勝手に喋りやがった。
うん、そんなこったろーと思いました。
「楽しみにしてるぜ、ファッションショー」
「う」
ぽん、と頭に手を置かれて、含み笑いでそう囁かれる。俺は思わず目を逸らした。全く、気乗りはしない。
「仮装にも出んだろ?」
「出るけどお」
「応援してんぜ」
「できれば穏便に終わりたいよねー」
しみじみと切望していれば、わしゃわしゃと髪をかき乱されて肩を竦める。ちらりと視線を上げると、雫が唇を開いた。ちょうどそれと重なるように、「天乃ー」と中から雫を呼ぶ声が聞こえる。
「おー、今行く。悪ィ、また後でな」
「え、後でって」
「仮装コン。ばっちり見に行くから」
「来なくていいですー。がんばってね、アイドルウェイター!」
雫がばっちりウィンクをしてくると、並んでいる女子たちから、キャアなんて歓声が聞こえてきたのは気づかない振りをする。悔しいから、ぐいぐいと背中を押して教室の中へと押しやった。
――俺の幼なじみは、イケメンです。
変態なのが、残念だなあ。
なんて考えながら、手芸部の部室を目指す俺だった。
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