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第4章 フェスティバル!(6)

6  ――結論から言うと、やっぱり花田部長はすごい。  黒とオレンジを基調にした、裾が不揃いのロングコート。その下には白いシャツと、所々擦り切れている黒のスラックス。革のブーツは先が尖っている。小さなカボチャのピアス、黒のチョーカー、髪を留めるピンも黒とオレンジと小物についても妥協しない。採寸されたわけでもないのに、サイズも俺にぴったりだ。 「うーん、いいわあ、いいわよ流ちゃん」 「部長のセンスがいいんすよー」  微調整しながら、満足そうに言う花田部長に少し照れる。  髪をセットし終えたら、不意に部長に頬を撫でられた。  ハニーブロンドの長い髪が揺れ、切れ長の瞳が俺の瞳を覗き込んでくる。整った顔が間近に来て、つい、一歩身体を引いた。 「ど、どしたんすか」 「やっぱり整ってるわねえ。で・も。更に良くしてあげる」  語尾にはぁとまぁくでもつきそうな甘い声色で、鼻先をツンと突かれた。ついでとばかりに、ばちこん、とウィンクを飛ばされる。イケメンってのは、自然にウィンクができなくちゃいけない法則でもあるのかなあ。  「ここに行けば、大変身できるわよ」と、ファッションショーの準備でてんやわんやしている部室を追い出される形で、俺は指定された場所に向かっている。  ひらひらと丈が長い衣装は動きにくい。さらに、すれ違う人がちらちらと見てくるので若干気まずい。顔がめちゃくちゃ素顔っていうのもある。  部長に指定されたのは、演劇部だった。いつもいるメイク担当が、舞台本番がある演劇部に駆り出されているということで、そっちに行ってばっちりメイクされてこい、とのことだった。そういえば、副会長がヒロイン役で出るという噂もあったなあ。演劇部が近づいてくると、壁のあらゆるところにチラシが貼ってあるが、女王様に扮した副会長のドアップの写真が加工されたものだ。顔はいいんだよね、顔は。  演劇部の公演は、一階の端の渡り廊下を抜けた先にある体育館で行われる予定だ。その裏にメイク担当の人たち(きっと体育祭の仮装でもお世話になったあの人たちだろう)もいるみたい。中途半端な今のカッコがどうも浮いている気がして、早く完成形になりたいと足を早めているときだった。  ――ガシャン!  いやな音が、校舎内に鳴り響く。  え、なに。なんなの。  思わず足を止めると、校舎の入り口付近に、人だかりが出来ていた。ただの通行人Aとして通り過ぎていきたいけれど、残念ながら俺の肩には生徒会役員と書かれてしまっている。うう、いやな予感しかしない。重たい足を持ち上げて、人混みをかき分けて校舎の入り口を見た。覗き見るはずだったが、ご丁寧に道を譲ってくれたもんで、俺が一番先頭に出る形になってしまう。  ――うわあ、典型的。  その場で俺が目にしたのは、超・ガラが悪い、制服を着崩して、釘つきのバットなんかを担いでいる見るからにヤンキーくんたちだった。頭の色も、茶・金・赤・青・緑モヒカンと色とりどりの五人組。さっきの「ガシャン」は、どたどたと侵入してきたこの人たちにびっくりして、屋台の準備でもしようとしていた子が鉄板を落とした音だったようだ。 「あー……えーと、どこかお探しですか?」  このままスルーするのもよくないよなあ、きっと。  へらりと笑って、ヤンキーくんたちに声をかけてみると、後ろの人たちがざわめく。  ヤンキーくんたちのボスらしい、金髪にヒゲの目つきの悪い男が、ギロリと睨んでくる。うう、こわい。 「ああ、そうだなァ。お前、ちょっと来い」 「え」 「おら、ご指名だっつってんだろ」 「え、え」  あ、緑のモヒカンに腕を掴まれた。ざわっ、ざわっ。さらにざわつく傍観者たち。いや、助けてくれるとうれしいんだけどー。 「なに、なんすか」 「いいから来いよ」  視線を動かして周囲を見渡すが、残念、こんなときに限って、知った人はいない。出店の支度中の学生か、遊びにきた一般人かが、物珍しさ半分と戸惑い半分に俺の方を見ている。掴まれている手首が痛い。この人たち、本気だ。 「いーいとこの坊ちゃんはやっぱり肌が青白いな」  舌なめずりするなんてテンプレの悪役にもほどがあるっての。  そもそも俺は極普通の一般市民でした、残念。  抵抗するのも得策ではないと踏んで、緑モヒカンに右手を掴まれ、金髪に後ろに立たれ、前には茶髪と青髪、そして左側に赤髪と、まさに連行される体で歩く。  ヤンキーくんたちは、目的地に向かっているようだ。 「久遠はどこだ」  後ろから、囁くように金髪に問われて、一瞬足が止まる。  目敏く見つけたモヒカンに、手を引っ張られた。 「え、」 「知ってるだろ」 「久遠明良だ」  まさか、こいつら。  久遠くんを狙っているのか。 「し、知らない」 「ふうん」 「まあ、それならそれで良い」 「でも、一緒に来てもらうぜ」 「生徒会役員、さん?」  ――面割れてるっていうね。  しらを切っても、ヤンキーくんたちはにやにや笑うだけだ。  俺が生徒会だったらどうなのか知らないけれど、こいつらがよくないことを考えていることだけは、わかった。

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