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第4章 フェスティバル!(7)

7  ――どさり、と、下ろされた先は、校舎の影で薄暗い空間が出来上がっている校舎裏。校舎を隔ててわいわいと文化祭の喧噪が聞こえてくるけれど、ここは人影もなくて静かだ。  うわあ、典型的過ぎてぐうの音も出ない。  なんて、思ってる場合じゃない。  俺の手を離したモヒカンはニヤニヤ笑みを浮かべているし、金髪も同じような感じだ。赤髪と青髪は、途中で何かこそこそして別行動をし始めた。茶髪はスマホを俺に向けている。 「何、自分の悪事の証拠残そうっての」 「女好きとウワサの生徒会会計様のあられもない動画、売れるだろうなァ」 「は?」  茶髪はニヤついて俺を見ている。うわあ。  耳やら額やらにピアスを付けているのは痛そうだけど、顔は割と整っているのに。目の下の隈とか、ニヤついた笑みが全てを台無しにしている。もったいないけど、気持ち悪い。ぞわわ、鳥肌が立ってきた。  急いで逃げないと、と思うのに、俺の後ろには壁。前には、モヒカン、金髪、茶髪。わあお、これはあれかな、絶体絶命、ってやつ? 「久遠が来るまでだ、少し俺らと遊ぼうや」 「ファンサービスだと思って、な?」 「はあ?」  そんなやり取りの間も、茶髪はスマホを離さない。  思い切り睨み上げる俺の頬を、金髪が掴む。  勿論顔を逸らして抵抗するけど、その間に、モヒカンが衣装に手を掛けやがった。花田部長の自信作に何しやがる、って、蹴り上げようと足を上げた。 「おっと、随分大胆だなァ」 「へっへ、女好きのくせに男タラしこんでるっつーウワサ、マジだったのかよ」 「何そのウワサ初耳……っ、つうか、足、離せよ、」 「細くて貧弱なのが悪い」  何か俺、ぼろくそ言われてない?  蹴り上げた片足を金髪に掴まれて、開かされる。  衣装の長い裾が割れて、黒いスラックスが露わになった。  ――金髪の手が俺の身体を弄って、あろうことか、内腿を撫でて来やがった! 「ううわ」  ぞわぞわする。  ――これは紛れもない、嫌悪感。  つい、夏休みに旅館で会長に触られたことが頭を過ぎる。  そのときは、こんな感じじゃなかったはずだ。 「まずはその重たい服を脱いでもらうぜ」 「絶対ェ嫌、だよね!」 「いつまで言ってられるかねェ」  ニヤニヤ笑い、すげー腹立つ。  しかし多勢に無勢、好き勝手動き回る四本の腕には適わない。  ――あ、マジで脱がされる。  花田部長の思いなんか関係ないこいつらは、事もあろうかこの衣装を破こうとしやがった!  マジ、最低! 「ちょっ、ま、待った! 脱ぐ、脱ぐから! 破くのだけはマジで待って!!」  背に腹は替えられない。  俺をヘタレだと罵ってくれてもいい。  でも、花田部長の作品を、ないものにはしたくなかった。  デザイナーにとって、自分の服を破られるのは最大の屈辱だ。  俺の必死な反応に、モヒカンと金髪が顔を見合わせて、ニヤニヤ笑った。だからその笑い、ムカつくんだっての。 「へえ。そんなに大事か、この服が」 「大事だから言ってんのー」 「じゃあ早く脱げよ、カメラに向かってゆっくりな」 「注文が多いー」  溜息を一つ吐いて、俺は衣装に手を掛ける。  別にこれくらい、どうってことない。  ストリップショーをする趣味はないけど、俺が脱ぐだけで衣装が無事なら万々歳だ。  ハロウィンカラーの布と布を継ぎ合わせた上着を、下から捲って脱いでいく。卑下た笑みを浮かべて見つめてくるのがすげえ気持ち悪いけど、気にしている場合ではない。花田部長の衣装を気遣って、普段は着ないタンクトップを着ていて良かった。黒いタンクトップと黒いスラックス、オレンジと黒のブーツ姿になると、モヒカンがあからさまに舌打ちした。 「下に着てんじゃねえか!」 「えっ、悪い!?」  だって汗くさくなっちゃうじゃん! 「マジ色気ねー」 「男にんなもん求めんなってのー」 「緊張感もねえな」  花田部長の衣装を、丁寧に畳んで抱き締める。地面の上に置くとかももっての外だからね! もう既に少し汚れてて、すごく申し訳ない。 「色気もねえし緊張感もねえ俺だから、早く帰してくんないかなあ」  そろそろ、手芸部のファッションショーの時間の筈だ。  更に迷惑を掛けてしまう。  上背のあるモヒカンと金髪を見上げて言うと、二人はにやりと笑った。 「久遠のヤツに言うんだな」 「なんでそんな久遠くんに……あっ、もしかして、久遠くんのファンですか、ぁだ!」  ――殴られた!  頭を思いっきり! 「顔じゃねえだけマシだろ」 「今のもちゃんと記録してよねー」  う、ふらふらする。  茶髪を見上げながら言うと、不気味なカレはニヤニヤするだけだ。 「恨むんなら、俺に恨まれたあいつを恨みな」 「わーカッコわるーい」 「てめえ、今の状況わかってるか」  正直な自分の口が憎い。  顎を掴まれて、力を入れられる。  あ、マジでお怒りのようだ。  額に青筋を立てて俺を睨み付ける金髪が、怖い。 「やっちまいましょうよ」 「待ちきれねえのか?」 「割とタイプっすよ俺」  うわあ気持ち悪い会話。  俺男ですー。  ――学習した俺は、心の中だけで抗議する。  金髪が顔を近付けてくるから、思い切り顔を背けた。  男の顔なんか、そんな至近距離で見たくないってば。 「まあ、キレーな顔はしてるわな」 「興味ねんなら、俺がいっていいっすか」 「顔は止めとけよ」 「わあってますって」  ニヤつくモヒカンが、俺に手を伸ばしてきた。  タンクトップの下から、直接腹に触られる。  うわあ。  衣装を抱き締めたのはそのまま、身を捩って逃げるけど、顔は金髪に掴まれたままだ。  腹を探っていた手が、後ろに回って、無防備な背中を撫で回してくる。 「うわわわわわ」 「色気のねえ」 「あって堪るかっての! 離せよー」 「女好きらしいが、男もいけんだろ?」 「いーけーまーせーんー。俺が好きなのは女の子、うわっ」  びり、って音がしたと思ったら、背中がすーすー……、モヒカンのヤツ、俺のタンクトップを破きやがった! 「馬鹿力……!」 「いいねえ、こういう画が欲しいんだろ?」 「最高です」  言葉少なだった茶髪が、色んなアングルで俺にカメラを向けてくる。パシャパシャ音が聞こえてくる辺り、動画から静画に切り替えたんだろう。うう、お金取るからねー。でも、衣装を抱えている俺は抵抗出来ず……、モヒカンの力によって、壁側を向かされ、後ろを向くこととなる。  すげえ、嫌な予感。 「生徒会長とこういうことしてんだろ?」 「してないってばー」 「じゃあ他の男か?」 「なんでそうなるのー」  話ながら、撫で回してくる。きーもーちーわーるーいー。  うう、久遠くん、早く来て……。 「う、わ!」  あろうことかモヒカンの手が、俺の尻を撫でてきやがった。  更に、腰に手を掛けて、スラックスを脱がそうとしてくる。 「マジッ、えっ、なに、え!? なんなのお前ら、あっ、強姦魔!?!」 「今更かよ」  くっと楽しげに笑うのは金髪だ。  こんな状況初めてで、どうすりゃいいのかわからない。  逃げるか抵抗か、いやしてるってば。  ベルトのバックルが外されて、前の金具が外されて、スラックスが足下まで下ろされれば、ビリビリに破けたタンクトップと、黒のボクサー一枚の、ものすごい間の抜けた格好になるわけだ。 「悪くねえな」 「最高です」 「お前マジ変態な」  茶髪が興奮している。  モヒカンを押しのけて一番前に来ては、色んな角度で写真を撮って……いたと思ったら、背中に触ってきやがった。身を捩る。うう、花田部長の衣装を抱き締めすぎて、絶対皺くちゃになってる、これ。ごめんなさい。 「俺の推しなんすよね……我慢できねえ」 「は?」 「キスしていいですか」 「ダメだよね」 「いいんじゃね?」 「今ならやり放題」  本人の意思を無視して金髪とモヒカンが無責任に言ってくる。  興奮した茶髪は俺の顎に手を掛けて、距離を近付けてくるから、俺は必死に顔を背けた。無理無理無理。絶対無理。 「嫌だってば」 「いいじゃないすか」 「やだ絶対やだ」 「いいじゃねえか、大事なファンだぜ」 「しらな、い、」  あっ、この野郎。  金髪のヤツが面白がって、俺の後頭部を手で押さえ付ける。  茶髪のヤツが、ここぞとばかりに顔を近付けてきて――。  やられる。  そう思って目を強く瞑ったけれど、覚悟していた感触がない。  その代わり、どさり、と、鈍い音が響いた。  目を開けた先、茶髪の姿はなく、代わりにいたのは赤髪の――。 「久遠くん!!」 「巻き込まれてんじゃねえよ」 「来やがったな」  後ろにいるのは赤髪と青髪。二人に呼ばれていたんだろう久遠くんが、現れてくれた。  うっ、マジ、間一髪だった……。  久遠くん渾身の一撃を食らったらしい茶髪が、地面に伸びている。  こんなモブに奪われるほど、俺の唇、安くないですから!  ――それからは、あっという間だった。  金髪が話す間もなく、久遠くんが一発、右ストレートを繰り出して金髪を倒し、それに慌てて久遠くんを殴りつけようとするモヒカンの顔にもストレートを一発。起き上がって逃げようとする茶髪にも、トドメの一発を繰り出して、無傷のまま完全勝利だ。青髪と赤髪は、速攻で逃げ出したみたい。  金髪を更に足蹴にしようとし始めたから、俺は慌てて久遠くんに走り寄って、止めた。これ以上したら、流石に正当防衛の域を出ちゃう。 「久遠くん、ストップストップ! 落ち着いて、どうどう」  無表情で、まるで暗殺者みたいだった久遠くんの顔が、す、といつもの穏やかな顔に戻った。よ、よかった。むしろ久遠くんが怖かった。 「大丈夫か。怪我してねえか」  久遠くんが、俺の顔を撫でてくる。  片目を細めて、頷いた。 「大丈夫、ちょっと脱がされて写真撮られたぐらい」  あ、そういや俺今、パンイチだった。慌ててスラックスを履き直す。 「写真」 「マジ、超気持ち悪かった!」 「――こいつか」  伸びてる茶髪の傍に落ちていたスマホを手にすると、その画面には、さっき撮られた、背中がビリビリでスラックスを脱がされ掛けている俺の写真があった。うわあ、色んな意味できっつい。  ちらりと久遠くんを見ると、その目にはまた感情が消えている。怖い。 「手が滑った」  そう言って、思い切りそのスマホを地面に叩き付け、画面を割った。――うん、俺としては有り難い。有り難いけど、ちょっと、やりすぎ?  ううん、と呻いている茶髪が、起き上がったときのリアクションは……考えないようにしておこう。 「それ以外は? 何もされてないか」 「うん、間一髪のとこで久遠くんが来てくれたから大丈夫」 「そうか……、巻き込んで悪かった」  久遠くんが頭を撫でて、心底すまなそうに言ってくる。  一気に、緊張の糸が解けた。  思わず、久遠くんの肩に頭を預ける。 「うう、怖かったよう……」  泣き言を言えるのは、久遠くんだからだ。 「悪かった」  久遠くんは、少し躊躇いがちに、俺の背中に腕を回して、緩く抱き締めてくる。ぽんぽん、と、宥めるように背中を叩いてくれる手は、優しい。久遠くんのお弁当の味を思い出した。 「次のお弁当は、超豪華バージョンでおなしゃす」 「善処する」  今の約束、いただきました。 「いい感じになってんじゃねえぞ――」  むくりと起きあがったぼろぼろの金髪が、いつの間にか地面に置いていた釘バットを手にして、久遠くんに殴り掛かってきた!  久遠くんは咄嗟に避けて、その釘バットを持つ手を叩き、釘バットを落とさせる。その隙に脇腹に一発、蹴りを入れた。久遠くんに一発も入れることなく、金髪が沈んでいった。ど、同情なんかしないけどね。 「な、なんなの、この人」 「知らん」 「ええ……」  本当に覚えてなさそうな久遠くんの様子に、いよいよ憐れみを覚える。下でうめいている金髪を見下ろすと、息も絶え絶えという様子ながら、ゆっくりと起きあがってきた。思わず身構える俺、俺の前に立ってくれる久遠くん。 「わ、忘れたとは言わせねえ……」  かすれた声で金髪が言う。久遠くんは、訝しげに金髪を見た。 「あれは一年前、お前が大怪我をした喧嘩だ」 「ああ、……そういうこともあったな」  そういえば、久遠くんは留年していた。  詳しくは知らないけど、ヤクザの抗争に巻き込まれたとか、どこかの国のお姫様を救ったとか、そんな噂は学園中に渦巻いていた。久遠くんは、とにかく敵を作りやすい。  ともすればそんなことも忘れていたような雰囲気の久遠くんにさらに苛立った様子の金髪が、久遠くんの胸倉を掴み出す。 「あのときに! 俺も! 巻き込まれたんだよ!」  えっ。 「ゲーセン帰りにたまたまお前らが喧嘩してるところに出くわして、お前が倒したやつが俺に直撃、当たりどころが悪くて全治三ヶ月の怪我! おかげで俺も留年だ!」  えええええ。  若干涙目にすらなっている金髪が、勢い良くまくし立てる。がくがく揺さぶっているから、久遠くんも上下に揺らされている。 「それは、すまなかった」  なんつー八つ当たり、と思ったけど、久遠くんは素直に謝っている。きっと初耳だったんだろう。 「くっそおおお、当たり甲斐がねえええ」  クールに謝られたら、怒りの行き場もないんだろう。  久遠くんから手を離した金髪が、両手を拳にして地団駄を踏んでいる。 「ま、まあまあ」  そこまで怒っている人を見ると、ついつい仲介したくなっちゃう。 「二人とも同い年なんだから、仲良くしたらどうっすか」 「うるせえええ」 「そうだぞ鈴宮、お前はもう少し怒ってもいい」  えっ。  二人から怒られた。 「ボスー! クレープ買ってきたっすよ!」 「あとあそこでかわいい女子高生が」 「何和んでんだおまえら!!」  どこぞへと姿を消していた青髪と赤髪が揃って戻ってた。文化祭を満喫している人たちだ。 「くっそ、覚えてろよ」  そう言って、走りだそうとする金髪の腕を――背後から、ぱし、と掴む一つの人影がある。 「こっちの台詞だ」 「ほんとに、困っちゃうよねー」  眼鏡を光らせ、眉間の皺を深くして低い声で言うのは、片腕に『風紀委員』の腕章が眩しい風紀委員長。そして全く困っていなさそうな笑顔で言うのは、同じ腕章を身につけた、鈴木さん、だ。 「げっ、城戸」 「げっ、じゃねえ。ンなことしてタダで済むと思ってるんじゃねえよなァ?」  あ、怖い。  この声には覚えがある。門限破りの罰掃除をサボったのがバレて捕まったとき、……いや、それ以上の怒りの声。 「そこのお仲間くんたち、逃げても無駄だからね」  追撃するのは、風紀委員長よりも冷たい鈴木さんの声。こわ。 「ふふ、何がいいかなあ。反省文地獄かな、トイレ掃除かな。謹慎よりひどい目に遭わせてあげたいよねえ」 「今回は俺たちの出番はねえかもしれねえな」 「ああ、留年オア退学コースかあ。まあ、これだけのことをしちゃったら……同情の余地はないよねえ?」  ひっ。  鈴木さんの絶対零度の微笑みに、不良軍団が息を呑むのが聞こえる。  ――うん、同情の余地はないけれど、同情しちゃいそうになっちゃうよね。 「つうか、誘拐されてんじゃねえよダァホ」 「あだっ」  えっ、俺ですか!  片手に金髪の腕を掴んだまま、蹴りを入れられる。ひどい。 「鈴宮くんが連れ去られたおかげで、騒動に気付けたんだけどね。怪我してない? 大丈夫? 貞操守れた?」  うっ、鈴木さんは優しい。  背中を撫でてもらって、ほろりと泣き真似をする。  花田さんお手製の衣装は汚れちゃったけど、俺は無傷だ。貞操の方も、間一髪大丈夫。でも。 「俺は大丈夫だけど、久遠くんが……」 「あ? 無傷だ」  気付いたら少し離れた位置にいた久遠くんが、振り返って答えてくれる。そうだった、久遠くんは強かった。自分が一撃も受けることなく、ヤンキー軍団を壊滅に追いやった。すごい。敵に回したら超怖い。委員長と鈴木さんは顔を見合わせた。 「え、ねえ、久遠くんが処分受けるとかないよね? 俺見てたけど、正当防衛しかしてないよ」  いやな予感がして、委員長を見た。  委員長は眉根を寄せて、鈴木さんを見る。鈴木さんは笑った。 「そうだね、彼は哀れな被害者、だ」 「一応、医務室に行っとけ。怪我がなくても記録はしとけよ」 「ああ、どーも」  久遠くんは不愛想にお礼を言うけど、俺は心底安堵した。  ただの八つ当たりでこんなことをされて、罰を受けるなんてことにならなくてよかった。 『文化祭実行委員からのお知らせです。いよいよ目玉の大企画! 仮装コンテストが始まります。出演予定の皆さんは、準備をお願いします。繰り返します……』  ピンポンパンポン、と明るい音と共に、澄んだ声が敷地内全体に響きわたる。 「あっ、やべ」 「出場予定なんだろう、早く行け」 「でも」 「大丈夫大丈夫、あとはこっちで何とかするから」 「出演者がいねえ方が迷惑だろ、早くしろ」  久遠くん、鈴木さん、委員長に言われてしまって、何も言えない。そもそも、衣装がしわくちゃな時点で、迷惑をかけるのは確定だ。 「い、行ってきます! 久遠くんちゃんと手当してね、アンタらはちゃんと反省しろよ!」  何とか逃げ出そうともがいているヤンキーズにびしっと指を差して、俺は駆け出した。メイクなんてしてる暇ない、まずは会場へ向かわないと。

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