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第5章 パーティ! (3)
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四人のかわいこちゃんを引き連れて校舎内を歩くと、どうしたって好奇の目が向けられる。仕方ない。俺だって一般生徒の立場だったら、絶対、遠巻きにでも眺めていたい女子高生。
俺と会長が先頭に並んで、後ろを彼女らがついて来る。
相変わらず、視線は痛い。
「お前、何かしたのか」
さすがに不審に思ったのか、会長が小声で聞いてきた。
「いや、俺が知りたいよね」
「日頃の行い、だな」
う、十分有り得る上に、否定できないのが悲しい。
後ろでは、女子高生たちがこそこそ話している。きゃぴきゃぴ、ではない辺り、生徒会に選ばれた彼女たちの気品を感じる。
そうこうしている間に、四階にある生徒会室――の、隣の、会議室に辿り着いた。
「どうぞ」
扉を開け、会長が促す。一礼をする仕草も可愛らしい金髪ちゃんが、まずは部屋に入る。
会議室は、残した面々がしっかりと机と椅子をセッティングしてくれていた。元々広い場所だが、今回は人数もそう多くないので、長机を合わせて対面する形にしている。合コンみたいな。
金髪ちゃんに続いてイケメンちゃん、清楚ちゃん、そして最後、俺を一睨みしながら薙刀ちゃん。……最後まで怖い。顧問の先生も、どうぞ、と促して、俺は最後に入って扉を閉めた。
うちの生徒会の面々は、もう揃っている。
金髪ちゃんが先に、中央の席に座って、その両隣を、清楚ちゃんと薙刀ちゃん。清楚ちゃんの隣にイケメンちゃんが座る。
金髪ちゃんの前には会長が座って、俺が向かうと、会長に視線で促され、清楚ちゃんの隣に腰掛けた。会計だって言ってたから。
机の上には、既に準備されている資料たち。よく気が利くリア充・平良くんが、それぞれの前に温かいお茶を置いてくれる。さすがです。
副会長も、今日ばかりは大人しい。イケメンちゃんの前に腰掛けている。双子は少し離れた位置に置いてあるデスクに腰掛け、パソコンとノートを準備して、打ち合わせの準備を整えている。
剣菱くんは、――わお。早速、相手校の顧問を落としにかかっていた。
なんていうのは、きっと、フィルターがかかっているせいだろう。
実際は、歩いていた顧問とドジっ子(?)剣菱くんが、とん、と正面からぶつかって、勢いあまって尻餅をついてしまっただけだ。それを、顧問のセンセーが手を差し伸べて起こしてあげている。その間に何か囁き合っている気がするし、剣菱くんの頬が染まっている気がするし、大人しかったはずの副会長が鬼の形相になっている気もするけれど、全部気のせいだろう。うん。
「では、今年度の合同ダンス・パーティについて、両校生徒会立ち会いで打ち合わせを始めさせてもらう」
会長の硬い声が耳に入り、はっと我に返る。
かわいこちゃんズが見てるんだから、真面目に仕事しないとね。うん。
――結論からいうと、疲れた、って、それだけ。
お嬢様方は非常に真面目で、どんな隙も見逃してはくれなかった。
あんだけ苦労して準備した会議資料の穴を見つけては、「ここはどういうことです?」「この時間はどうするんですか?」「予算はどこから出るのかしら」「あら、男子高って気楽でいいのね」なあんて、厭味混じりの質問が矢継ぎ早に向けられる。途中でピキッと会長が青筋を立てていたこと、俺は見逃さなかった。
全体の調整や、予算の過不足については、担当が個別で連絡を取り合うことになった。いつもならテンションが上がる女子との連絡先交換、って一大イベントも、今日ばっかりは残念ながらげんなりだ。
「す、鈴宮さん」
会議が一通り終わって、連絡先交換はご自由に、って合コンみたいな流れ(実際、この生徒会同士の交流でのカップル誕生は多いみたいだ)になったとき、控えめに声を掛けられて顔を上げる。傍には、顔を赤くした清楚ちゃん。そしてその隣に、般若の顔をした薙刀ちゃん……。
「な、なんすか」
「か、会計同士だから、連絡先、聞いてもいいですか」
「仕事以外の連絡を取ったら貴様を呪い殺す」
「どうしてこんなに憎まれてるか聞いてもいいですか」
スマホを取り出すけれど、正面から向けられる殺気を、流石に無視はできない。
「えっ、あの、それは」
「はは、うちの学校ですごい評判悪いんだよねー、鈴宮クン」
清楚ちゃんの肩を組みながら、イケメンちゃんが笑う。
爽やかに爆弾発言じゃないですか、それ……。
「それはそうだろうな」
「納得せざるを得ない」
「日頃の行いだね、流」
会長と双子が俺を見て真面目な顔で頷いてくる。腹立つ!
「いやいやいや、なになに、なんでそんなことになってんの!?」
確かに去年は遊びまくったけど、ちゃあんと相手は選んで、俺以外にも遊び相手がいる後腐れないかわいこちゃんとしか遊んでない。
「何人もの女子を泣かせた挙げ句、実は男と出来ていたなどと」
「ファンだったのにって影で号泣する子も沢山いてね」
薙刀ちゃんが、背中から薙刀を取り出そうとしている。え、やめて。
イケメンちゃんは親切に状況を説明してくれている……。
な、なんでそんなことに……。
「俺が好きなのは、女の子……あっ」
向こうの顧問の先生に、相変わらず頬を染めながら話し掛けている剣菱くんの顔を見て、思い出した。ちなみに、副会長は「おっさんがいいのか剣菱」などとハンカチを噛み締めている。
――大丈夫大丈夫、あたしたちそういう偏見ないからー。
――むしろ応援するし? 超かわいー子だったじゃん!
――ほらほら、早く追いかけないと!
――がんばってね! みんなに言っとくからー。
文化祭の前の日、かわいこちゃんをナンパしようとしたところを剣菱くんに見つかって、剣菱くんがすごくショックを受けた顔をしたのを見たかわいこちゃんズが、盛大な誤解をしてくれたのだった。
更に言えば、『みんなに言っとくから』という一言。
女子高生の噂話が巡るサイクルは、驚くほどに早い。
「うっ、……うう、それは、誤解中の誤解です」
「罪人はまずそれを言うだろうな」
「ざ、罪人扱い」
冤罪にも程がある。
項垂れる俺を見て、双子は楽しげに笑っている。平良くんは心配そうな目を向けてくれた。いい子だ。
「まあ、否定できねえ部分もあるが、ウチの会計はそこまで悪いヤツじゃない」
「あら、会長さんが庇うんです?」
「そりゃあ、ウチの会計だからな」
黙って顛末を眺めていた金髪ちゃんが、会長の助け船を意外そうに見た。
うっ、会長……どうせなら全部否定して……。
「噂話か、自分の目で見たことか。あんたならどっちを信じる」
「それはもちろん、自分の目、です。ねえ、アナタたち?」
会長の挑戦的な瞳と、金髪ちゃんの色素の薄い瞳が絡まり、ばちりと火花を散らした気がする。
金髪ちゃんが、女の子たちを振り返る。
あの薙刀ちゃんでさえ、その視線の鋭さに、びくっとしていた。
「くだらない噂話に振り回されるのはやめなさい、恥ずかしい」
「だ、だが」
「葉月ちゃん、落ち着こう。麗華の言う通りだよ」
「く……」
「ねえ、葉月」
イケメンちゃんが悔しげな薙刀ちゃんの肩を押さえる。
かつ、と、金髪ちゃんが一歩前に出て、薙刀ちゃんの顎を指で掬った。薙刀ちゃんの方が背が高いのに、金髪ちゃんの迫力に圧倒されそうだ。
「自分の目で確かめて――それでも噂通りどうしようもないクズだったら、遠慮しないでやっちゃいなさい」
「麗華……」
「そうじゃなければ、事実をしっかり認めることね」
OK? と、流暢な発音で首を傾げる金髪ちゃんは、麗しい。
まるで二人の間にお花が舞ってるみたいだ。女子高生すごい。
「鈴宮」
「はい」
「会長命令だ」
「は?」
「汚名返上」
「え」
「できるな?」
「ええ……」
勝手に押されたクズ男の烙印を返上せよ、ということですか。
会長が小声で囁いてきて、俺はさらにげんなりした。
――うう、女の子こわい。
女の子はかわいい生き物、ずっとずっとそう思い続けてきた俺の固定概念が、初めて覆されそうとしていた。
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