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第5章 パーティ! (4)

4  「汚名返上?」  風呂上がり、机の前の椅子に座ってマンガを読んでいる雫に、事の顛末を話すと、マンガから顔を上げて繰り返してきた。  俺はぱたりとベッドに仰向けに寝転んで、頷く。 「そー、冤罪の汚名返上」 「そりゃまた、面白いな」 「うん、他人事だよねえ」  楽しげに笑う雫に、半眼を向ける。  ぱたりとマンガ本を閉じて机の上に置いた雫が、ベッドの上に乗り上げてきた。  雫も風呂上がりで、寝間着代わりのスウェット姿だ。 「汚名ってどうやったら返上できんのかなあ」 「チャラくなくなればいいんじゃね?」 「むーりー」  チャラくない俺ってどんな俺。  真面目くんにでもなれってーの、……無理無理絶対無理。 「生徒会のお嬢様方に指一本触れなきゃいいんじゃねえの?」 「あ、それならできる」  だってあの子ら、マジでこわい。  今まで関わってきた女の子たちとは、タイプが違う子ばっかりだ。 「女好きの流くんが、女子に翻弄されてんの面白ェな」 「面白がんないでってばー。……雫は見た? お嬢様方」 「見た見た、つうか一面記事だよ」  よいしょ、と立ち上がった雫が、机の上に広げた学園新聞を広げて見せてきた。  ――流石新聞部、抜け目ない。  部長の眼鏡がキラリと光っている気がする。  いつの間に撮ったのか、颯爽と歩く金髪ちゃんを中心に、生徒会全員集合の写真が大きく一面にドンと載っている。  見出しは、「黄栗高来校! 今年も来た、ダンパの季節」だそうだ。 「好みの子いた?」 「あー?」  戯れに聞いてみると、ものすごい興味なさそうな声が聞こえる。新聞の写真をじっと見て、新聞を机の上に戻してしまった。 「三次元には興味ねえ」  ふっと格好付けて笑う幼馴染みの性癖を、改めて知らされました。 「お前はどうなんだよ」 「え?」 「まかり間違って手ェ出しちゃいそうな子、いないのか」 「んんー」  生徒会のかわいこちゃんズを、思い描く。  みんな、かわいい。そりゃそうだ、女の子だもん。  でも、そういう対象としては見られない。俺が手を出すのは、後腐れのない、かわいこちゃん。 「女の子はみんなかわいいよね」 「それ、女子の前では言うなよ」  返上できなくなるぞ、と真顔で忠告されて、えっ、と驚く俺だ。  これは心からの言葉なのに。  ――ダンパを一ヶ月後に控え、生徒会室はバタバタだ。  女子校とネット上で連絡を取り合ったり、必要とあらば実際に顔を合わせたりして、懸案事項を埋めていく。  手芸部の方にも顔を出して、当日の衣装の打ち合わせを行う。 「んもう、駄目よ、全然駄目!」  花田部長――いや、もう引退して、花田前部長、になるのか。大体の部活動は、文化祭が終わったら、二年に部長を任せている。  手芸部も、花田部長から、二年の草野くん(長身でひょろりとした、髪の毛が長い子だ。こう言っちゃなんだが、オーラが暗い)にバトンタッチしている。  その花田前部長が、珍しくぷりぷりしていた。 「あなたたち、こんなんで来年やっていけると思ってるの?」  ああ、スパルタ式だ。  ぴしゃりと言われた1・2年が、しゅんと作業の手を止める。   「す、すみません、部長……」 「アタシはもう部長じゃないの! 草野、あんたがしっかりしなきゃいけないのよ、わかってる?」 「わ、わ、わかってます」 「じゃあ、さっさとデザイン画! こんなペースじゃ間に合わないわよ!」 「は、はいぃ」  そして黙々とデザイン画を描き始める部員たち……。  もちろん、そのデザイン画は、ダンパで使われる衣装だ。男子はタキシード、女子はドレス。  普段、女の子用の衣装なんて滅多に作らないから、テンションが上がっている筈なのに、度重なる駄目だしで、部員たちは精神的にぐったりきているようだ。  がんばれ……。  同じ部員ながら、デザインの方はからっきしな俺は、応援するしかできない。  魂が抜け掛けている草野部長といくつか確認事項を打ち合わせして、そっと部室を抜け出した。ああなった花田さんは、そっとしておくに限る。  引き継ぎ、かあ。  ――文化祭まで来たら、もう終わりが見えとるやろ。ダンパの頃にゃあ大体目星つけとかんと。だあれもおらんかったら、流クンに決まりやなあ。  緒方さんの、いやあな言葉が頭を過ぎる。  どうにかして、次期会長の目星をつけないと。  いや、どうやって……?  生徒会長に必要なのはカリスマ性、何はなくともその一点。  俺らの次の世代は、北野くん辺りがきっと、舞い戻ってくれるんだろうと思っているけれども。  カリスマ性がある人、転がってないかなあ。  生徒会室に戻りがてら、校舎の中をふらっと歩いていると、ポケットに入れていたスマホが震える。取り出した画面に映し出されているのは、清楚ちゃんの名前。  迷わず、通話ボタンを押す。 「もしもしー?」 『あっ、鈴宮さんですか』 「ですです」 『すみません、急に通話にしちゃって』 「いえいえ」 『会計のことでわからないことがあって……教えてもらってもいいですか?』 「お? もっちろーん。通話で大丈夫?」 『あ、いえ、ちょっとわかりにくいので、できれば、直接……』 「いいよー、どうしようか。どこかで待ち合わせする? いつがいい?」  仕事の話とあらば、断る必要はないだろう。  清楚ちゃんと幾つか言葉を交わして、明日の放課後、繁華街の喫茶店で会うことになった。  かわいこちゃんが野郎の巣窟に一人で乗り込むのはよくないし、クズ男の烙印を押されている俺が女子の巣窟に乗り込むのもよくないってことで、喫茶店チョイスだ。  しかし、一人で対応するのも、何となく嫌な予感がする。  絶対、薙刀ちゃん、ついてくると思うんだよな……。  「女子と二人で喫茶店? 返上どころか、デートじゃんそれ」  ぎゃはは、と紙パックジュース片手に笑う雫は非常だ。  そんな雫に、俺は、深々と頭を下げる。 「雫くん」 「なによ」 「付き合ってもらえませんか……」 「は?」  う、思い切り怪訝な視線が痛い。 「明日の放課後、俺と一緒に喫茶店に行ってもらえませんか……」 「生徒会の仕事の話すんだろ? 俺邪魔じゃん」 「そうだけど、そうなんだけどー! さっき自分で言ったじゃん、デートだろって! また変な噂に尾鰭つくの嫌なんだってー」 「まあ、そうか……」  必死で言うと、ふむ、と考える仕草。  断られたらどうしよう。会長に頼むしかないか……。 「いいぜ」  あっさり頷いてくれて、ぱっと顔を上げる。 「マジで!?」 「マジマジ、大マジ」 「ありがとう雫マジ愛してる!」  思わず正面から抱きつきにいく俺だ。  雫はそれを受け止めて、腰の辺りをとんとんと叩いてくる。 「お、おう。……食券一週間分な」 「高くね!?」 「部活サボるんだから、それぐらい当然」 「う、善処します……」 「宜しい」  対価を払うのは致し方ない。  そういえば、剣道部も世代交代したはずだ。  雫は部長を懇願されたけれど、断固拒否の姿勢を見せて、何とか免れたみたいだ。目立つのは苦手らしい、実力もカリスマ性もあるのに勿体ない。  ――ん?  ――カリスマ性?  俺、ちょっとだけ、閃いちゃいました。

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