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第5章 パーティ! (5)

5  強力な味方を得た俺は、足取り軽く、清楚ちゃんが待つ喫茶店へと向かう。後ろには、俺とは違って足取りが重たそうな雫がいる。二人とも制服の冬服だ。俺はブレザーの下に派手なパーカーを着ているけれども。だって、十一月の後半はもう随分冷える。 「あのな流」 「なあに」 「俺な」 「うん?」 「女の子苦手なんだよな……」  待ち合わせの喫茶店が見えてきた頃、ぽつりと告白されて俺は顔を上げた。雫は、普段つけない黒縁メガネなんかを着けて(変装のつもりかな)、真面目くさった顔をしている。  ふは、思わず笑い声が出た。 「三次元の、でしょ?」 「高校入ってから全然関わってねーからどうしたらいいのか」 「あっは、童貞みたいになってるよ雫くん」 「うるせー童貞で悪いか」 「えっ」 「えっ」 「中学んとき彼女いたじゃん」 「手をつなぐだけの健全なお付き合いで終わったよ、お前と違ってな!」 「マジかよ雫くんピュアピュアかよーうけるー」 「うけるとこじゃねえ」 「まあまあ、雫はさ、座ってるだけでいいから」 「うう……」  気弱な雫は珍しい。  ていうか、今の今まで知らなかった、雫の下半身事情。  えっ、こいつ、性欲どうしてんの。  思わずピュアでイケメンの幼馴染みを見た。  目が合うと、緊張した面持ちを浮かべている。  そんな雫の背中を、ばん、と強く叩いてやった。 「大丈夫大丈夫、何かあったら俺が守ってやるってー」 「何かあるのか……」 「あっ、でもさ、俺に何かあったら、雫が守ってよね」 「それはもう、……努力します」  あっ、頼りにならないやつ。  行こう、と、雫の腕を引いて、喫茶店へと向かう。  ――薙刀を振り回されたりしたら、剣道部の腕を見せてもらおう。  指定した喫茶店は、昔ながらの古き良き喫茶店だ。  アンティークの家具が基調となっており、懐かしい音楽が流れている。店の一押しは、クリームソーダ。  ドアを押し開けると、カランコロンと鈴の音がして、店員に来訪を知らせる。店の中は、放課後だからというのもあるのだろう、女子高生や、男女のカップルが多かった。待ち合わせであることを告げると、店員が奥の席に案内してくれる。窓際、角の四人掛けの席に、清楚ちゃんともう一人が座っていた。 「どーも、お待たせしましたー」 「あっ、す、鈴宮さん……! 今日はわざわざすみません」 「いえいえ、こちらこそー。あ、これ、友達の天乃くん」 「どうも初めまして」 「はっ、はじめまして!」 「はじめましてー」 「あ、この子、前回行けなかったんですけど、書記の……」  慌てて立ち上がってぺこりとお辞儀してくれる清楚ちゃんが、同じく立ち上がった隣の子を示した。  肩につくくらいのストレートなボブカットで、頭には白いヘアバンドを着けている。タレ気味が特徴だ。胸も結構でかい、右目の下の泣きぼくろも合わせて、セクシーな雰囲気を感じる。心なしか、スカートの丈も、他の子より短い。 「千貫楓です。葉月がどうしても行けないからって押しつけられました~。ところで二人って、……付き合ってるの?」  あ、やっぱり来る気だったんだ、薙刀ちゃん。  ずい、と顔を近付けて、煌めく瞳で囁くように聞かれて、俺も雫も動きが止まる。何をいきなり、と思った直後、まだ雫の腕を掴んだままだってことを思い出した。手を離す。 「いや、全然」 「残念ながら」  何故そこで肩を竦めるんだ親友よ。 「あ~ん、残念!! イケメン二人の生絡みがチョクで見られると思ったのに~~~!」 「ちょっ、楓ちゃん、」 「何よー、これぐらい役得があってもいいでしょー」 「わかります」 「えっ」  驚きの声は俺だ。  だって、心底残念がるヘアバンドちゃんの言葉に、隣の雫が、眼鏡をくいっと上げて、真顔で頷き始めたから。 「イケメンが二人いれば、そこに愛があると思いますよね」 「そう! そうなの! 絶対付き合ってるか、これから付き合うかよね!?」 「俺たちは期待に添えなかったんですが、あそこの店員とかどうですか」 「あっ、わかる! わたしも最初目を付けてたのよ、あっ、ほら今囁き合ってる……」 「いいですね」 「いい!」  女の子が苦手と言っていたのはどの口か。  長身のイケメン店員と、短髪のやんちゃ系の店員のやり取りに一喜一憂する二人を横目に、俺は椅子に座った。鞄から、資料の入ったファイルを取り出す。 「俺らは俺らで、やっちゃいますか、仕事」 「は、はい。何かすみません……」 「いや、こちらこそ……」  きゃっきゃとはしゃぐ二人に、何だかお互い肩身が狭くなる。  でもまあ、雫が楽しそうだから、いいか。  持って来た会計の資料のコピーを清楚ちゃんに渡して、去年のものを参考にしながら、一つ一つ確認していく。 「ま、会計の仕事は、どっちかっつと終わった後のが大変だからねー」 「そ、そうですね」 「予算案は大体で大丈夫だよ」 「は、はい」 「緊張してる?」  いつまでも目を合わせてくれずにもじもじしている清楚ちゃん。緩く首を傾げて訊くと、漸く目を合わせてくれた。ぱっちり大きな黒い目は、優しそうだ。今まで遊んできた子とは正反対で、敢えて関わって来なかったタイプの女の子。 「い、いいえ! だいじょうぶです!」 「あ、そ? それならいいけど」  あー、むしろ、警戒されてんのかな。  薙刀ちゃんの、親の仇レベルの視線を思い出す。  いつの間にか運ばれていたクリームソーダのアイスを突きながら、俺は窓の向こうを見る。  すっかり夕方の空の下、不特定多数の高校生たちが歩いているのが見えた。  そして窓ガラスに映るのは、「くううわかる、わかりますそれ、超わかる」「でっしょ? あそこはああじゃなきゃ」とか、マンガだかアニメだかの話を熱弁している雫とヘアバンドちゃん。楽しそうで何より……。 「他にわかんないところある?」 「あ、ええと、……」  清楚ちゃんからの質問に一個一個答えていく。  ――勿論、お触り厳禁で、だ。  「すげー盛り上がってたね」 「おう、つい番号を交換しちゃったぜ……」  「ありがとうございました」と何度も何度も頭を下げる清楚ちゃんに見送られた後、二人並んで寮に戻る帰り道、雫は、完全にやり切った顔をしている。 「女の子が苦手とか言ってたのはどこのどなたでしたっけ」 「ばっか、同志は別なんだよ!」 「あ、そう……」  力説する様子を横目に見て頷く。  会計のことや、ダンパの細かいことを話していたら、すっかり日が暮れている。冬の日は、夜が来るのが早い。冷えた空気を吸い込んで、吐く息はすっかり白くなっている。 「さっむ。……まあ、アレかなー。孤高の王子様の雫サマにも、いよいよ春の予感ってやつー?」  ニヤついて、隣の雫の顔を覗き込むと、眼鏡越しに丸くなる瞳が見える。そんなに驚くこと言いましたか、俺。 「そんなんじゃねえよ」 「えー、だって趣味あうんでしょ、いいじゃん」 「なんでもかんでも恋愛に結びつけんなっつの」  顔を逸らされてしまったので、雫の表情は見えない。  素っ気なく言われて、「えー」と不満の声を出す。  ごほん、と雫が何故か咳払いをして、俺の方を見てきた。その顔は、もう、いつも通りだ。 「そういうお前はどうなんだよ、向こうの会計ちゃん」 「あー、かわいいよね」 「へえ、恋の予感?」  聞き返されて、俺も、瞬く。  つい、足が止まった。 「流?」 「あ、いや、……俺はほら、永遠のフリーマンだからー」 「気に入ってんじゃねえか、それ」  笑う雫の横顔を見て、密かに安堵する。  よかった、いつも通りだ。  ――胸に過ぎった違和感には、気付かないふりをしよう。 「ところで雫くん」 「なんだよ」 「生徒会長になるつもり、ない?」 「ない」 「即答かよー」 「がんばれよ、次期生徒会長さん」 「うっ、うう、いやだ……」

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