62 / 73
第5章 パーティ! (5)
5
強力な味方を得た俺は、足取り軽く、清楚ちゃんが待つ喫茶店へと向かう。後ろには、俺とは違って足取りが重たそうな雫がいる。二人とも制服の冬服だ。俺はブレザーの下に派手なパーカーを着ているけれども。だって、十一月の後半はもう随分冷える。
「あのな流」
「なあに」
「俺な」
「うん?」
「女の子苦手なんだよな……」
待ち合わせの喫茶店が見えてきた頃、ぽつりと告白されて俺は顔を上げた。雫は、普段つけない黒縁メガネなんかを着けて(変装のつもりかな)、真面目くさった顔をしている。
ふは、思わず笑い声が出た。
「三次元の、でしょ?」
「高校入ってから全然関わってねーからどうしたらいいのか」
「あっは、童貞みたいになってるよ雫くん」
「うるせー童貞で悪いか」
「えっ」
「えっ」
「中学んとき彼女いたじゃん」
「手をつなぐだけの健全なお付き合いで終わったよ、お前と違ってな!」
「マジかよ雫くんピュアピュアかよーうけるー」
「うけるとこじゃねえ」
「まあまあ、雫はさ、座ってるだけでいいから」
「うう……」
気弱な雫は珍しい。
ていうか、今の今まで知らなかった、雫の下半身事情。
えっ、こいつ、性欲どうしてんの。
思わずピュアでイケメンの幼馴染みを見た。
目が合うと、緊張した面持ちを浮かべている。
そんな雫の背中を、ばん、と強く叩いてやった。
「大丈夫大丈夫、何かあったら俺が守ってやるってー」
「何かあるのか……」
「あっ、でもさ、俺に何かあったら、雫が守ってよね」
「それはもう、……努力します」
あっ、頼りにならないやつ。
行こう、と、雫の腕を引いて、喫茶店へと向かう。
――薙刀を振り回されたりしたら、剣道部の腕を見せてもらおう。
指定した喫茶店は、昔ながらの古き良き喫茶店だ。
アンティークの家具が基調となっており、懐かしい音楽が流れている。店の一押しは、クリームソーダ。
ドアを押し開けると、カランコロンと鈴の音がして、店員に来訪を知らせる。店の中は、放課後だからというのもあるのだろう、女子高生や、男女のカップルが多かった。待ち合わせであることを告げると、店員が奥の席に案内してくれる。窓際、角の四人掛けの席に、清楚ちゃんともう一人が座っていた。
「どーも、お待たせしましたー」
「あっ、す、鈴宮さん……! 今日はわざわざすみません」
「いえいえ、こちらこそー。あ、これ、友達の天乃くん」
「どうも初めまして」
「はっ、はじめまして!」
「はじめましてー」
「あ、この子、前回行けなかったんですけど、書記の……」
慌てて立ち上がってぺこりとお辞儀してくれる清楚ちゃんが、同じく立ち上がった隣の子を示した。
肩につくくらいのストレートなボブカットで、頭には白いヘアバンドを着けている。タレ気味が特徴だ。胸も結構でかい、右目の下の泣きぼくろも合わせて、セクシーな雰囲気を感じる。心なしか、スカートの丈も、他の子より短い。
「千貫楓です。葉月がどうしても行けないからって押しつけられました~。ところで二人って、……付き合ってるの?」
あ、やっぱり来る気だったんだ、薙刀ちゃん。
ずい、と顔を近付けて、煌めく瞳で囁くように聞かれて、俺も雫も動きが止まる。何をいきなり、と思った直後、まだ雫の腕を掴んだままだってことを思い出した。手を離す。
「いや、全然」
「残念ながら」
何故そこで肩を竦めるんだ親友よ。
「あ~ん、残念!! イケメン二人の生絡みがチョクで見られると思ったのに~~~!」
「ちょっ、楓ちゃん、」
「何よー、これぐらい役得があってもいいでしょー」
「わかります」
「えっ」
驚きの声は俺だ。
だって、心底残念がるヘアバンドちゃんの言葉に、隣の雫が、眼鏡をくいっと上げて、真顔で頷き始めたから。
「イケメンが二人いれば、そこに愛があると思いますよね」
「そう! そうなの! 絶対付き合ってるか、これから付き合うかよね!?」
「俺たちは期待に添えなかったんですが、あそこの店員とかどうですか」
「あっ、わかる! わたしも最初目を付けてたのよ、あっ、ほら今囁き合ってる……」
「いいですね」
「いい!」
女の子が苦手と言っていたのはどの口か。
長身のイケメン店員と、短髪のやんちゃ系の店員のやり取りに一喜一憂する二人を横目に、俺は椅子に座った。鞄から、資料の入ったファイルを取り出す。
「俺らは俺らで、やっちゃいますか、仕事」
「は、はい。何かすみません……」
「いや、こちらこそ……」
きゃっきゃとはしゃぐ二人に、何だかお互い肩身が狭くなる。
でもまあ、雫が楽しそうだから、いいか。
持って来た会計の資料のコピーを清楚ちゃんに渡して、去年のものを参考にしながら、一つ一つ確認していく。
「ま、会計の仕事は、どっちかっつと終わった後のが大変だからねー」
「そ、そうですね」
「予算案は大体で大丈夫だよ」
「は、はい」
「緊張してる?」
いつまでも目を合わせてくれずにもじもじしている清楚ちゃん。緩く首を傾げて訊くと、漸く目を合わせてくれた。ぱっちり大きな黒い目は、優しそうだ。今まで遊んできた子とは正反対で、敢えて関わって来なかったタイプの女の子。
「い、いいえ! だいじょうぶです!」
「あ、そ? それならいいけど」
あー、むしろ、警戒されてんのかな。
薙刀ちゃんの、親の仇レベルの視線を思い出す。
いつの間にか運ばれていたクリームソーダのアイスを突きながら、俺は窓の向こうを見る。
すっかり夕方の空の下、不特定多数の高校生たちが歩いているのが見えた。
そして窓ガラスに映るのは、「くううわかる、わかりますそれ、超わかる」「でっしょ? あそこはああじゃなきゃ」とか、マンガだかアニメだかの話を熱弁している雫とヘアバンドちゃん。楽しそうで何より……。
「他にわかんないところある?」
「あ、ええと、……」
清楚ちゃんからの質問に一個一個答えていく。
――勿論、お触り厳禁で、だ。
「すげー盛り上がってたね」
「おう、つい番号を交換しちゃったぜ……」
「ありがとうございました」と何度も何度も頭を下げる清楚ちゃんに見送られた後、二人並んで寮に戻る帰り道、雫は、完全にやり切った顔をしている。
「女の子が苦手とか言ってたのはどこのどなたでしたっけ」
「ばっか、同志は別なんだよ!」
「あ、そう……」
力説する様子を横目に見て頷く。
会計のことや、ダンパの細かいことを話していたら、すっかり日が暮れている。冬の日は、夜が来るのが早い。冷えた空気を吸い込んで、吐く息はすっかり白くなっている。
「さっむ。……まあ、アレかなー。孤高の王子様の雫サマにも、いよいよ春の予感ってやつー?」
ニヤついて、隣の雫の顔を覗き込むと、眼鏡越しに丸くなる瞳が見える。そんなに驚くこと言いましたか、俺。
「そんなんじゃねえよ」
「えー、だって趣味あうんでしょ、いいじゃん」
「なんでもかんでも恋愛に結びつけんなっつの」
顔を逸らされてしまったので、雫の表情は見えない。
素っ気なく言われて、「えー」と不満の声を出す。
ごほん、と雫が何故か咳払いをして、俺の方を見てきた。その顔は、もう、いつも通りだ。
「そういうお前はどうなんだよ、向こうの会計ちゃん」
「あー、かわいいよね」
「へえ、恋の予感?」
聞き返されて、俺も、瞬く。
つい、足が止まった。
「流?」
「あ、いや、……俺はほら、永遠のフリーマンだからー」
「気に入ってんじゃねえか、それ」
笑う雫の横顔を見て、密かに安堵する。
よかった、いつも通りだ。
――胸に過ぎった違和感には、気付かないふりをしよう。
「ところで雫くん」
「なんだよ」
「生徒会長になるつもり、ない?」
「ない」
「即答かよー」
「がんばれよ、次期生徒会長さん」
「うっ、うう、いやだ……」
ともだちにシェアしよう!