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お風呂には、先に芹澤にはいってもらうことにした。芹澤があがってくるまで俺は自分の部屋で待っていたわけだけれど……なんだか、心が落ち着かない。芹澤という人間がわからなくなってきたのだ。普段はあんなに口が悪くて可愛くない俺様なのに、なんだか隙があって脆い。というより10時半まで家に帰らないで新宿にいるなんてどう考えてもおかしいし、芹澤には「何か」があるように思えた。やたらと触られることを嫌うのも、変だと思う。
「……藤堂」
「んあー?」
悶々と芹澤のことを考えていれば、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。俺が反応してやれば、かちゃ、と慎ましげに扉は開かれ――そこから現れた芹澤に俺はびっくりして飛び退いてしまう。
「ちょ、ちょ……せ、芹澤!」
「……なに。下、なかったから……」
「悪い、うっかりしてた!」
――芹澤は、ズボンを穿いていなかった。芹澤が浴室にいくときに渡したタオルとスウェットのセットの中に、俺がうっかりズボンを入れ忘れてしまったようだ。
……なんだか、直視できない雰囲気だった。芹澤は思ったよりも華奢で、俺のスウェットを着るとだぼっとしてしまう。そして、その下からは、下着こそは穿いているが思い切り露出されている生足。さらには、風呂あがりということで濡れた髪の毛と火照った肌。
それらをみて俺の頭に浮かんできた言葉が、「彼シャツ」という言葉だ。エッチとかをしたあとに彼女が彼氏の服を着たのはいいけれどだぼだぼしていてものすごく可愛くなってしまう、アレだ。芹澤に対してそんな言葉を浮かべてしまった自分が嫌になるが、でも……正直今の芹澤は心臓に悪い。見ているとドキドキしてしまう。
「藤堂」
「っ、うわー!」
急いでズボンを出そう、そう思って立ち上がろうとした俺の隣に、芹澤が座ってきた。ちなみに俺は今、ベッドに座っている。ベッドで生足だして隣に座ってくるなんて、もしも芹澤が女だったら押し倒している。なんだってこいつは、変なところで隙だらけな奴だ。バクバクとうるさい心臓を抑えて俺がじりじりと芹澤から離れていけば、ちらりと芹澤が横目で俺を見つめてくる。
「……この部屋とか、この服とか。藤堂の匂いがする」
「……っ、あたりまえ、だろ! 俺の部屋だし俺の服だ!」
「うん……いい匂い」
「へっ?」
芹澤はだぼっとして手を隠してしまっているスウェットの袖を自分の鼻にあてると、気持ちよさそうに目を閉じた。その仕草に俺の心臓が謎にきゅんっといった瞬間、芹澤はばふんとベッドの上に倒れこむ。
「……俺の家よりも、ずっと。ずっと、いい匂い」
「……え?」
もぞ、と動いて体を丸めると、芹澤は驚いたことにすーすーと寝息をたてはじめた。濡れた髪でそんなことされるとベッド濡れるんですけど……と文句が浮かんできたけれど、それは飲み込んでおく。
「……芹澤、おまえなんなの」
今の芹澤は、本当に隙だらけだ。すっかりいつもの棘が抜けてしまっている。なんなんだろう。何がどうして、今の芹澤はこんなにも素直なのか。
気付けば俺は芹澤の頭に手のひらを乗せて、撫でていた。だって、いつもなら目が合うだけで吠えられて、触ったものなら本気で拒絶されて。そんな芹澤が今こうして俺の前で警戒心を完全に解いている。触りたくなるのは当たり前というか。
「ん……」
「あっ、ごめ……起きて、」
「……へへ、」
「……ッ、」
撫でていると、芹澤の瞼がゆっくりと開いた。そして、なんと嬉しそうに微笑んで俺の手のひらにすりすりと頭をこすりつけてきた。
やばい、なんだこれ、可愛い。
俺の頭の中はパニック状態で、体はわなわなと震え出していた。芹澤はすぐにまた目をとじてしまったからどうやら寝ぼけていたみたいだけれど……これはつまり、この状態が芹澤の素ということだ。
「せ、芹澤……?」
「……ん」
「……俺も風呂入ってくるからな?」
「……ん」
わからない。本当にわからない。普段からこうならば、もっと芹澤と仲良くなろうって思ったかもしれないのに。なんでいつも芹澤はあんな態度をとるんだろう。
猫に弄ばれている気分だ。自由気ままに振る舞う猫に残念な人間になった気分。どうせ芹澤は目が覚めればいつものウザい奴になるというのに、寝ぼけている彼にこんな風にときめいていても仕方がない。
俺はため息をついて、芹澤をちゃんと寝かせてやる。枕に頭を乗せてやって、布団も被せてやった。そうしてやれば芹澤はひどく気持ち良さそうな寝顔を俺にみせてくる。
「……はー、俺、おまえ嫌い」
人の心を掻き乱すな。俺のところが嫌いなら、こんな風にして隙を見せるな。
ベッドから離れるのが名残惜しい。もうちょっと芹澤の寝顔を眺めて、その頭を撫でていたい。そんな想いを振り払うようにして、俺は部屋から出て行った。
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