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 ご飯を食べ終えて俺の部屋に戻ると、もういい時間になっていた。来客用の布団を床に敷いて、そしてそこに芹澤を寝かせてやる。なんだか今日の夜はあっという間に過ぎていったな、とそう感じた。 「……電気、消すぞ」 「……ん」  普通ならここでまだお喋りをしたりして簡単には寝ないところだけど、芹澤とはそういった関係でもない。話すネタなんてないし、微妙な雰囲気をつくるくらいならさっさと寝てしまった方がいいように思えた。  電気を消して、数分。俺は寝つきがいい方だからもう眠気がやってきていてうとうととしていた。今日もいい感じで寝れそうだな……そう思って睡魔に身を委ねていたときだ。 「……?」  ごそ、と音が聞こえてきた。俺は芹澤に背を向けていたからどうしたのかわからないけれど、どうやら芹澤が布団から出てきたらしい。もしかしてトイレかな、と思って特別気にはしていなかったけれど……次の瞬間、俺は声をあげそうになった。  つん、と背中に触れられた。指でつつくようにして、恐る恐るといった風に。 「芹澤……どした?」 「あっ」  何か用があるのかと思って振り返れば、芹澤はビクッと肩を震わせた。暗くて顔がよく見てないけれど、なんだか怯えるような顔をしている。自分から触ってきたくせに、なんなんだろう。 「い、……今なら、触れるかなって」 「……はい?」 「……やっぱり、むり、だった」  芹澤は俺の布団に顔を埋めて、しゅんとしている。俺が本気でわけがわからなくてどう声をかけたらいいのか迷っていると、芹澤が布団を指先でもしゃもしゃと弄りながら小さい声で話し出す。 「……ずっと、俺が夢見ていたような環境だったから……今は夢の中なのかなってそう思って……夢の中なら俺も他人が怖くないかなって……藤堂にでも触れるかなって思ったけど……やっぱむり」 「……芹澤? 」 「……」  芹澤はぎゅっと布団をかき集めるようにして握りしめて、黙り込んだ。本当に俺は困ってしまって、でも今、いつもみたいに「ウザい」とかは絶対に言ってはいけないような気がして、とりあえず布団から出て体を起こす。下手に撫でたりしてもいけない、そんな傷だらけの猫みたいな危うい芹澤の雰囲気が、妙に痛々しかった。 「……ねばいいのに」 「え?」 「死ねばいいのに。みんな死ねばいいのに、みんな……」  ひく、と嗚咽が芹澤の口から溢れる。そして、その細い肩が震えだす。 「なんで、なんで……俺ばっかりなんで……俺だって、俺だって、」  泣いている。何故だかわからないけれど、芹澤が泣いている。  ざわ、と心がざわめく音が聞こえた。こんな状況でも、俺は芹澤の泣いている姿に反応してしまう。ドクンドクンと血流が脈打って、体が熱くなって。でも、触れてはいけない。このぼろぼろの芹澤に触れては、絶対にいけない。ギリギリの理性が働いて、それでも堪えることはできなくて。 「……芹澤」 「う、……」 「手、出せ。手、繋げよ」  芹澤が俺に自分から触れようとしていたことが気になった。でもすぐに止めてしまった。芹澤は触れられるのが嫌なんじゃない、触れられないんじゃないか。そう思うと、その謎の恐怖心をどうにかしてやりたいと思った。この、荒治療にも近い方法で。きっと、芹澤の泣いている姿に興奮しているからこそ思いついてしまった方法ではあると思う。普段の俺ならそんな危ないこと絶対にしないし、そもそも芹澤のために何かをしようなんて思わない。  芹澤は、俺の言葉を聞くなり顔をあげて、驚いたように俺の顔を凝視した。そんな芹澤の表情にこれはやっちまったと思ったけれど、後に引き返すつもりはない。芹澤の前に手のひらを差し出して、「ほら」と声をかけてみる。 「……なに、言ってんの、藤堂」 「いやこのまま怖い怖い言って人に触れないままだと、芹澤がこの先苦労するかなーって。どうぞ、俺を練習台にしてください」 「……は、別に困んないし……」 「いいから繋げよ、根性なし」 「……」  芹澤は涙を拭って、やっぱり可愛くない言葉を吐いてきた。なよなよとしてみたり生意気になったりと忙しい奴だ。でもとりあえず芹澤は俺様だし、こうして煽ってやれば絶対に乗ってくるだろう、そう思った。案の定芹澤はムスッと顔をしかめて俺を睨みつけてくる。そして、ゆっくりと、俺の手のひらに自分の手を近づけてきた。  ゆっくり、人差し指を俺の手のひらに。そしてつんつんと何回がつついてきて、続いて三本の指の腹で撫でてくる。俺はくすぐったくて笑いそうに鳴ってしまったけれど、唇を噛みながら我慢をした。ここで俺がなにかアクションを起こしてしまえば、たぶん芹澤はピュッと逃げてしまうから。 「……なんで、触るの怖いの」 「……あんまり、触られたことないから」 「……へえ、」 「あと――きもちわるいから」  指は三本から四本に。触れる面積が広くなっていくほどに、芹澤の様子が変化していく。わずか息は荒くなり、手は震え始め、また瞳が濡れてくる。  触れられたことがない? きもちわるい? 今日の芹澤の言動と併せて、その理由に俺は違和感を抱き始めていた。芹澤は、もしかしたら変わった環境で育ったんじゃないか。何かあったんじゃないか。  ……ただ、それを探ることが許されるほど、俺と芹澤の関係は深くない。 「……は、」 「……ほら、もうちょっと」  手のひらが重なる。あとは芹澤が俺の手をにぎるだけ。もう芹澤の瞳からはぽろぽろと涙の雫がこぼれ落ちていて、そして片方の手の爪をカチカチと震える歯で噛んでいる。本当に怖いのだろう。何がこいつをそうさせるのかはわからないけれど、とにかく怖いんだ。 ――でも。芹澤は、握ってきた。弱々しく、やっとといった感じで俺の手を握ってきた。

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