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「……できたじゃん、芹澤。よく頑張ったな」
「……う、……ううー……」
きゅ、と芹澤が俺の手を握ってきたことに感動した俺の口から、自然とそんな言葉がでてきた。そうすれば芹澤は涙腺が決壊してしまったようにボロボロと大量に涙を流し出して、また布団に顔を伏せて泣きだしてしまう。
――ああ、しんどい。
やっぱりこんな状況でも、俺は芹澤の涙に高揚感を覚えていた。もう理性を効かせるのが、苦しい、それくらいに。
「……芹澤」
「う、」
「こっち、きて」
すっかり理性は壊れてしまったのかもしれない。まともな思考能力が欠けてしまっているように感じた。だからだろうか、俺は思い切り泣いている芹澤に向かって、とんでもないことを言ってしまっていた。
「一緒に寝よう。こっちで」
「へ……」
「朝まで、手を繋いでいよう。そうすりゃ嫌でも慣れるだろ?」
布団を持ち上げて、自分でもよくわからないままに俺は同衾のお誘いを芹澤にしていた。芹澤は当然だけれどぶんぶんと首を振ってそれを拒絶する。しかし泣いて泣きまくっている芹澤はあまり意思が強くないのか、俺が無言でぽんぽんと自分の横を叩いてみれば、観念したようにゆっくりとベッドをよじぼってきた。
「う、……なんで藤堂なんかと一緒に……うう……」
「とか言いながら俺の布団に入ってきてんじゃん」
「だって……、」
びくびく、と震えながら芹澤は布団にもぐりこむ。体がガチガチに固まっていてちゃんと布団を被れていなかったから、仕方なく俺が肩までかけてやる。
「何もしねえから。これ以上触れたりもしない」
「……」
芹澤は疑うような目付きで俺を見上げる。そんな風にしながらも、もそもそと身じろぎながら寝心地の良いポジションを探している様子がなんだか愛らしい。
繋いだ手が、俺たちの間にぽんと置かれている。芹澤はそれをじっと見つめながら、ぽろぽろと泣いていた。でも次第に体の強張りとか震えとかはとれていって、ちょっとずつ慣れていっているように見える。
「ちょっと繋ぎ方変えていい?」
「……かえる、って?」
「指、絡めよ」
「や、っ……嫌だ」
「ちょっとだけだって」
「やだって、ふざけんな藤堂」
「うるせえ」
「あっ、」
もうちょっとくらいいけるだろう。悪いけれど俺の理性にも限界はある。
そう思って芹澤と強引に恋人繋ぎをしてやれば、芹澤はだめだめと言いたげに目をぎゅっと閉じた。泣きながらそんな顔をされて、正直可愛くて仕方なかった。触られるのを怖がって泣いているのに、もっと触って泣かせてやりたい。酷いことをしてはいけないと感じているのに、したくなる。
「ふっ……ん、……くっ、」
「全然怖くなんてないぞー」
「あっ、……う、」
わざと手をにぎにぎとしてやると、芹澤の口からは喘ぎ声のようなものが溢れてきた。怯えて出ている声なんだろうけれど、あんまりにも「その時」の声に似ているものだから、うっかり興奮してしまう。でもまあ、あんまり虐めてやるなとやっとの思いで自制がかかりはじめたとき。
閉じられていた芹澤の目が開かれる。
「……ッ」
――心臓が、止まりそうになった。
カーテンからこぼれ落ちる月明かりに、芹澤の涙が碧くきらきらと光っている。まるで、瞳から宝石の欠片をおとしているようだと錯覚する。
「あっ……う、……んっ……」
あんまりにも綺麗なその瞳で、俺を見つめないで欲しい。そんなに綺麗な瞳に俺を映して、艶かしい声をあげないで欲しい。でも……美しさといやらしさ、それらが混ざった光景に俺は完全に魅了されてしまっていた。芹澤の手を握る手にぐっと力を込めてしまう。
「は、ぅっ……」
「芹澤……」
「と、……藤堂……あっ……」
「……俺から目を離すな、芹澤」
――芹澤の瞳に浮かぶ涙のなかで、俺は溺れている。これ以上みているとおかしくなってしまうとわかっているけれど、もう囚われている、遅い。それならもっと、どうせなら、おかしくして欲しい。どうしようもなく俺のなかでぐるぐると渦巻いている熱に、狂わせて欲しい。だから言った。「目を離すな」と。
そう言えば芹澤は驚いたように瞠目して、そしてじっと俺を見つめてきた。泣きながら、甘ったるい声をあげながら。でも、次第に苦しそうな呼吸は落ち着いてきて、その手から震えも止んできた。
「……とう、どう」
芹澤はわずかに嗚咽をあげながら、俺の名前を呼んでくる。そして、ほんの少しだけ、顔を近づけてきた。
「……目、みてると……ちょっとだけ、安心する」
「……じゃあ、ずっと見てろ」
「やだ……藤堂の顔ずっとみてるとか、いらいらする」
「……なんなんだよ、肝心なところで可愛くねえな……」
やっぱり、というかもうわかっていたが。芹澤の口からは生意気な言葉がでてくる。でも、これもわかっていたことだけれど――芹澤は、俺から目を離さなかった。「いやだ」といいつつ、芹澤は俺のことをじっと見つめていた。
芹澤は段々と落ち着いてきて、涙がぽろ、ぽろ、と流れるだけになってきて。俺たちはただ、手を繋いで見つめ合う……そんな状態になってくる。はあ、はあ……という芹澤の吐息に妙にドキドキとしながら、こうしていると、まるで恋人同士のようだなんて錯覚してしまう。
「藤堂……」
ぽつり、芹澤が囁く。かすれ声で、それでいて湿っぽい声。すごい色気のある声で、そんな風に名前を呼ばれて……不覚にもドキッとしてしまった。
「……とうどう」
芹澤の潤んだ瞳が、綺麗だ。なんだかぽーっとしているような、そんな芹澤の顔にドクドクと俺の心臓が高鳴っていく。じっと見つめられて名前を囁かれると、まるで愛を囁かれている気分になって落ち着かない。
さっきの怯えきっている姿とは大分違う芹澤。こうして俺の目をみて落ち着きを取り戻せたんだと思うと、なんだかきゅーんとしてしまう。可愛いなあ、こいつ、なんて。
芹澤は時折確かめるように俺の名前を呼んで、だんだんとその瞼が落ちてゆく。本当に安心できているようだ。
「ん……」
「……おやすみ、芹澤」
やがて眠りに落ちてしまった芹澤は、俺の手を握ったまま、すうすうと寝息を立て始めた。閉じた瞼からつうっと一滴の涙が落ちている。
……ずっと、こうしていたいと思った。寝て、目が覚めたらもう二度とこんなことはできないんじゃないかと思ったから。こうして芹澤の寝顔をみてうとうととしていると、なぜか胸がぽかぽかと暖かくなる。
わからない。自分の心がわからない。ただわかるのは、芹澤といると、俺はおかしくなってしまうのだということだけ。
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