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芹澤を連れてやってきたのは、駅から少し離れたところにある丘のようなところだった。小さな山のようなところを登っていくとひっそりとある、人気のない丘だ。そんなところに連れてこられた芹澤は、わけがわからないといった風に顔をしかめている。
「なに、ここ……」
「んー……秘密の場所」
「ひみつぅ?」
特別景色が綺麗な場所でもないし、人が休めるように整備されているわけでもないし。だからこそ誰もいなくて俺にとってここは、秘密の場所だった。そう……誰かと一緒になんてきたことがない。
「ここに誰かを連れてきたの……おまえが初めてだよ」
「えっ……」
「俺の、好きな場所! 誰かに教えたの、おまえだけって言ってんの!」
なんてことのない、小さな丘だ。でも、なぜか好きで小さい頃によくきていた。友達と喧嘩をして泣いたときとかにここに来て町を見下ろすと、自分がしょうもないことで悩んでいるような気がして気分が楽になった。そんな、俺の弱い部分と付き合ってきた場所だったから誰にも教えるつもりはなかったけれど……芹澤には教えてやってもいいかなって思った。
芹澤は、俺の言葉にびっくりしたように瞬きを繰り返している。俺だって、なんで芹澤をここに連れてこようと思ったのか自分でもよくわかっていない。
「……なんで、俺を連れてきたの」
「……知るか! おまえが俺にとってそれなりに特別だからじゃねーの」
「特別って……たいして話したこともないのに、」
「突然特別になっちゃ悪いのかよ!」
「悪くない、けど……」
自分で言っていて、わけがわからなくなってくる。特別ってなんだよ。芹澤の言う通り、たいして話したこともない奴が特別になんてなるもんか。でも……俺は、自分で言った言葉に違和感は覚えていない。芹澤は、たしかに俺の中で特別な存在になっていたから。気付けば俺は芹澤のことばっかり考えていて、学校でもこいつのことばかり目で追っていて。
嫌いだ。芹澤のことが嫌い。嫌いで、特別だ。
「……藤堂、俺のこと特別って思ってるの」
「……一応」
「……俺、誰かの特別になんて、はじめてなった」
「えっ……」
芹澤は相変わらずムスッとした顔をしている。でも、少しずつ、芹澤の表情が崩れていく。
俺を見てきゅっと唇を噛んだ。眉頭を寄せて、目を細めた。
芹澤の仮面が、はらはらと、剥がれてゆく。
――芹澤にとっての特別ってなんだろう。今まで生きてきて、誰かの特別にならないなんてことあるのだろうか。友人だって、家族だって、それは特別って呼んでもいいのに。それがまさか、芹澤にはなかったというのだろうか。だから――俺の言う「特別」という言葉に、そんなにも。
「……なんで、この場所が藤堂の好きな場所なのか、よくわからない」
目元が微かに濡れたあたりで、芹澤は俺から目を逸らして一歩前に出た。飛び込めば空に堕ちてしまいそうな、そんな景色をバックに芹澤は立っている。
「何もかもが黒く見えるから、俺にはわからない」
そのまま行ったら、ほんとうに空へ消えてしまいそうで、俺は思わず手を伸ばした。芹澤の手を掴んで、引き止めた。
「わからない、けど」
振り向いた芹澤は……泣いていた。声もあげず、静かにその瞳から涙を流していた。
「――今日の空の色は眩しくて、目に刺さる」
――芹澤の瞳から流れる涙に、空の色が溶けてきらきらと光っている。俺は……そのあまりの美しさに心を奪われて――気づけば芹澤のことを抱きしめていた。
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