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 もうすっかり、芹澤がうちではお馴染みの顔になり始めていた。来た回数自体は大したものではないけれど、連日来ているとなると、家の空気と馴染んでしまうらしい。夜に突然きた芹澤のことも、母さんはあっさりと受け入れてくれた。  芹澤を、二階にある俺の部屋に連れて行く。一段一段階段をあがっていくごとに、バクンバクンと心臓が跳ね上がる。  頭のなかでは、シミュレーションをしまくっていた。部屋にはいったら芹澤のことをそっと抱きしめて、「好き」って言う。そして、たぶんそこで芹澤はびくっとするだろうから「芹澤は俺のことどう思ってるの」って優しく聞いて、芹澤の目を覗き込む……  いける、いけるぞ、あくまで優しくだ。頭の中で自分を鼓舞して、ドアノブに手をかけた。 「……ッ、」  ごく、と唾を呑む。俺が部屋に入れば後ろから芹澤がついてくる。振り向けば……さっきのシミュレーションの実践開始だ。優しく、優しく告白するぞ……何度も何度も心の中で唱えて、ゆっくりと振り返る―― 「うっ……ま、眩しい!」 「は?」  振り返った瞬間にちかちかと星が瞬いたような光が視界に散って、俺は思わず後退してしまった。  重症だ。芹澤が可愛くて愛おしくて、とにかく好きすぎて、直視できない。シミュレーションなんて吹っ飛んで、頭の中は真っ白になってしまった。 「……藤堂?」 「う、わっ……」  俺の謎の行動に、芹澤は疑問を抱いたようだ。顔を覗き込むように、ついっと近づいてくる。でも、そんなことをされたら俺の心臓は爆発しそうになってしまうから、俺はまた、ビクッと大げさに体を震わせて、よろよろと芹澤から離れていく。 「も、もうさ、寝ようぜ! ほら、もうそれなりの時間だし」 「……ちょっと早くない?」 「……っ、今日、体育でめっちゃ疲れたんだよ! 俺は眠い!」  このまま起きていたら、自分が何をしでかすかわからない。芹澤への恋心を自覚したばかりで、心の整理がついていない。まず、一晩おかなければ。今の状態だと、ふとした瞬間に襲ったり、はたまた意味の分からない暴言なんかを吐いてしまうかもしれない。それは避けたい。芹澤から家に来たいなんて言ってくれたのに申し訳ないと思いながら、俺はベッド下の客人用の布団を引きずり出す。 「……あれ、藤堂……今日って、」 「え? 何?」 「……い、いや……別々に寝るんだって思って……」  芹澤がぼそぼそと言って、ちらっと俺をみてくる。  いやいや今の状態で寝たら、俺、絶対に芹澤のこと襲っちゃうし。というより、ドキドキしすぎて寝れないから勘弁してくれ。俺は半分くらい出てきた布団をまた引っ張りながら、冷静を装って言う。 「べ、別々だろー! 普通にさ!」  ずるん、と出てきた布団を整えて、枕もだしてやる。セッティングを完了させて、そしてさあ気持ちを落ち着かせようとベッドにのぼろうとした。そうすると、くんっ、と後ろから軽く引っ張られる。 「えっ、芹澤……?」 「……藤堂」 「なに?」 「……め、迷惑……だった? その……今日、藤堂の家に来たの……」 「へ?」 「だ、だって……いつもは……一緒に寝ようって……」  芹澤は、しゅんっとあからさまに落ち込んだような、悲しそうな顔をしてそんなことを訴えてきた。 「い、いや別に……それでいいんだけど、」  あ。芹澤の表情に、俺は気付く。俺の言い方だと、芹澤と一緒に寝ることを拒絶しているように聞こえるかもしれない。そして芹澤は……そんな俺の発言に傷付いている、のかも。  実は一緒に寝たかったのか? だからそんな表情を? 「……く、くそ……」  なんてやつだ。可愛すぎて頭が真っ白になる。悶えに悶えてぷるぷると震えながら、俺はぐっと芹澤から目を逸らす。そして、ばっと腕を広げた。 「う、嘘だって……一緒に寝よ……」  俺が決死の覚悟でそう言うと、芹澤のいるところからきらきらとした光が飛び散っていた。また変な錯覚をみているのか俺は。一体芹澤はどんな顔をしているのだろうと恐る恐る視線を芹澤に戻すと……ぐさっと俺の心臓が太い矢に射抜かれた。  笑ってこそはいないものの、目をきらきらとさせて頬を紅潮させた、嬉しそうな顔。犬が飼い主に見せる顔に似ている。  可愛い。可愛すぎる。そんなに俺と一緒に寝たかったのか。 (さあ、早く俺の胸に飛び込んでおいでマイハニー!) 「……っ、べっ、別に、一緒に寝たいとか、考えてるわけじゃなくて、……」  芹澤は手元をそわそわとさせながら、片足を前に出したり引っ込めたりを繰り返している。こいつの性分だ、素直にこっちに来ることなんて出来ない。顔をみるみると赤くしていって、ぎゅっと目を閉じる。 「い、いつも藤堂がベッドに連れ込んでくるから、」 「うんうん」 「し、仕方なく、仕方なくだから、」 「うんうん」  覚悟したようにじり、じり、と少しずつ近づいてくる芹澤。一歩進むたびに可愛くない言葉が出てくるところも可愛らしくて、俺は冷静を保つのが大変だった。 「かっ……勘違いするなよ!」  そして、とん、と軽く床を蹴ると、芹澤は倒れこむようにして俺に抱きついてきた。俺はその衝撃に耐えられず、芹澤を受け止めながらベッドに背中を打ち付けられる。ずしっと芹澤の重みが全身にかかって、心地よい圧迫感。 「俺は藤堂と一緒になんて寝たくないから!」 「んー、えへへ」 「んっ……ちょっ、……」  もう可愛くて可愛くて。俺の上でぱたぱたと暴れる芹澤を、力強く抱きしめる。胸がぎゅんぎゅんいっていて苦しくて、でも愛おしくて、ずっとこうしていたい。少しすれば芹澤もおとなしくなって、すっぽりと俺の腕の中に収まってくれた。 「う……」  俺の上で、芹澤が浅く呼吸をしている。ぴたりとくっついた胸からは、ドクンドクンと心臓の鼓動が伝わってきた。……芹澤も、ドキドキしている。抱きしめたその身体はいつもよりも熱を持っていて、こうして密着していると暑くなってくる。  は、は、と短いリズムで聞こえてくる芹澤の呼吸音がやけに鮮明に聞こえる。あまりの緊張状態に、五感が敏感になっているのだろうか。もう、狂ってしまいそうだ。心臓がギリギリと締め付けられて痛い。早く芹澤を自分のものにしたいのに、好きすぎて先に進むことができない。……ひどい悪循環だ。 「……芹澤、」 「あっ……」  その背に回した手を微かに動かすと、芹澤がぴくんと身体を震わせる。  なんとなく動かした手先が、芹澤の服の中に少し入り込んだ。指先が、芹澤の背中に直に触れる。驚くほどにすべすべとした肌がまるで俺を誘っているようで、思わず俺はそのままゆっくりと服の中に手を入れていく。 「んっ……んんっ……」 「あっ……せ、芹澤……ごめん」 「ばっ……ばか……」 「ね……ちょっと、触っていい? 背中だけ……」  あんなにも芹澤のことを意識して直視することすらできなかったのに、一度触れてしまうと俺の理性は爆発してしまった。ドクンドクンと高鳴る心臓は俺を咎めてくるけれど、それでももっともっと芹澤に触れたいという欲求が溢れ出てくる。  でも、芹澤は触れられることに慣れていない。服の上からハグすることでいっぱいいっぱいの彼に、無理やり触れてはいけない。だから、聞いてみた。聞いてみれば彼は――俺の胸元にうずめていた顔をゆっくりとあげて、俺を見上げてくる。 「……っ、」 「だ、……だめ?」 「……片手だけは、……手を繋いでて……」 ――卑怯な奴。そんな言葉、さらに俺を煽るだけなのに。俺の手さえつないでいれば安心するとでも言いたいのか。  芹澤がゆっくりと俺の胸から手を下ろして、俺の手をつかむ。俺もその動きに応えるように、芹澤と手のひらを合わせて指を絡めてやった。 「いい? 芹澤」 「……ん、」  芹澤がぎゅっと俺の手のひらを握る。やっぱり素肌に触られるのはまだ怖いらしい。それでも「いい」と言ってくれた芹澤が、本当に可愛い。俺はそっと芹澤の服の中に手を入れていって、背中に手のひらを置く。そして、ゆっくりと、撫でてみた。 「あっ……」 「大丈夫?」 「ん、」  ぴくんっ、と身体を震わせた芹澤に心配の声をかけてみれば、芹澤はこくこくと頷いて俺の手をはねのけようとしない。もっとしていいよ、と捉えても良さそうだ。 「んっ……あ、……」  大きく、背中を撫で回した。芹澤の背中は華奢で、しっかりとした凹凸がある。それがまた触っていて心地よくて、俺はその凹凸のひとつひとつを丁寧に指の腹でくるくると撫でてやった。背筋をすうっと撫で上げて、肩甲骨を手のひらで包んですりすりとこすって、そして脇腹のきゅっとしたくびれのところをするりと撫でる。背中を触ることがこんなに楽しいのかとびっくりするくらいに、俺は夢中になって撫でていた。 「あっ……あ、……ふ、……」  俺の手が動く度に、芹澤の身体がぴくぴくと身じろぐ。「ん、ん、」と小さく喘ぎながら脚をもじもじとさせているその様子がなんとも艶かしくて、油断したらぷつんと理性が途切れてしまいそうだ。 「芹澤……まだいける?」 「ん……」 「顔あげてみ。目を合わせて」 「ん、」  俺のやりたい放題にやってしまって申し訳ない、そう思って一応芹澤を気遣ってみる。芹澤は体を弄られるとき、俺と手を繋ぎたがるほかに、目を合わせたがるきらいがある。嬉しいことに、芹澤はたぶんそれで安堵を覚えているのだ。だから、こうして目を合わせるようにいざなう。芹澤は声をかけると素直に顔をあげて、俺の瞳を覗き込んできた。 「あ……」 「もっと触ってイイ?」 「……ん。」  芹澤の目が、俺と視線を交えた瞬間にとろんと蕩けてしまう。わずか強張っていた体からは力が抜けて、するりと繋いでいた手を離してきた。そして、ぺたりと俺の胸に両手を添えて、完全に身を委ねてくる。  好きにして。そんなの言葉を全身で表しているようだった。都合のいい解釈を先ほどからたくさんしてしまっているような気がするけれど、芹澤の態度からすればそれらが間違っているとは思えない。こいつは、本当に嫌なときは顔に出るしきっぱりと拒絶する。でも、今はそれがない。むしろ……こんなに顔を赤らめて。もしかしたら気持ちいいと感じているのかもしれない。 「ふっ……あ、……」  両手を背中にあてて、ぐっと撫で上げる。そうすると芹澤は、ビクビクッと震えて仰け反った。瞳は熱っぽくて、唇からははあはあと吐息が溢れている。ぱたんと再び俺の上に倒れこんでふうふうと息をしている様子は……やっぱり、感じているようだった。酷く、色っぽい。 「んぅっ……」  ものすごく、敏感なんだな。カワイイ。  もう俺の中の嗜虐心のようなものがふつふつとこみ上げてきて、じわじわと理性を溶かしていった。もう一度、そしてもう一度……何度も何度も背中を撫でてみる。その度に芹澤の反応は大きくなっていった。 「あ……あ……」  ぺたりと俺の上に横になって、ぴくぴくと震えている芹澤。顔がすっかり蕩けていて、事後です、みたいな表情だ。ちょっとやりすぎたような気がして労うように抱きしめると、「んっ」と可愛い声をあげて芹澤からも軽く抱きしめ返してくれる。 「気持ち良かった?」 「……」  芹澤 はぽーっとした様子で黙りこくっていた。頭をなでなでとしてやると、またうっとりとしたような顔をする。  背中で感じられるなら、セックスをしたらどうなるんだろう。素朴な疑問が頭の中に浮かんできて、ひとりでドキドキしてしまう。もっと敏感なところを触ったら…… 「とう……どう……」 「わっ……ど、どうした」 「あの……」 「はっ」  芹澤の声で、俺は気付いてしまう。言い辛そうにもじもじとしている様子は可愛いけれど……ドキッとする前に俺のなかでは「ヤバい」が占めていた。  勃っている。俺のものが、抱きしめ勃って芹澤に当たっている。 「ちょっ……ちょっと、トイレ行ってくるわ!」 「んぅっ……」  芹澤をコロンとベッドに転がして、俺は慌てて立ち上がった。  まずい。あんまりにも芹澤がエロいものだから、勃ってしまった。しかも芹澤に当てていたなんて……急激に恥ずかしくなって、俺は部屋から飛び出した。

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