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 次の日、学校に登校しながら俺は重い瞼を何度も擦ることになる。結局春原のことを考えすぎて、よく眠れなかったのだ。春原のことを遠ざけるなんてどうやったらいいんだろう。めんどうごとにはしたくないし、しかも春原が怪しいなんて俺の予想に過ぎないわけだし。たとえば俺が芹澤と学校でずっと一緒にいたとして、生徒会の時間まではどうしようもない。でもあの春原のことだし、もしかしたら芹澤を無理やり自分の家になんてことも……、なんて、どんどん悪い方向に妄想が広がってゆく。 「あ……」  教室のある階までたどり着くと、廊下に芹澤が立っているのが見えた。そして……その横に、春原。  どんなタイミングの良さだよ、と俺は舌打ちを打ちながら彼らに近づいて行く。何かを仕掛けようと思っているわけではない、教室の方向に彼らがいるから必然的に彼らのそばを通ることになるのだ。何も策を考えてない、そう悩みながらも彼らとの距離は縮んでいって、あっさりとそこまで辿り着いてしまう。 「……おはよー」 「あっ、藤堂くん」  目が合ってしまって、とりあえず俺は挨拶をしておいた。春原も爽やかに笑って挨拶を返してくれたけれど、これまでの諸々のことを考えるとその笑顔の裏に何かがあるんじゃないかと勘ぐってしまう。  春原の横にいる芹澤は、春原に続いて「おはよ」と小さく言ってくれた。天使だなあなんて思いながら芹澤の表情を伺ってみれば、芹澤はまたふにゃっとした顔をしている。芹澤と春原の関係はやっぱりよくわからない。 「……そういえば今日は涙は藤堂くんの家にいくの?」 「えっ」  春原は俺の顔を見るなり思い出したように聞いてきた。俺としてはもちろんきて欲しい、が、今日は俺の家の都合が悪い。芹澤を呼ぶことができない。  でも、ここで今日は芹澤を家に呼ばないと俺が言ったら、今度こそ芹澤は春原の家に連れていかれるかもしれない。どうしよう……俺は悩みに悩む。 「もしさ、涙が藤堂くんの家にいかないなら、今日は俺の家に――」 「ちょ、ちょっと待って」  行かせてたまるか、ガッとそんな想いがせり上がってきて、思わず俺はそう言ってしまった。やばい、どうしよう……軽くパニックになった俺が言ったのが、これだった。 「お、俺と芹澤付き合う予定だから春原の家に行かせたくないんだよね!」 「……え!?」  春原も芹澤もびっくり。そして言った俺も、びっくり。いくら春原の家に行かせたくないからって何を言っているんだ俺は、と更に混乱してしまう。 「だっ、だから……! 芹澤は俺のものだから!」 「ちょっ……!」 ――落ち着け、落ち着け俺!   慌てすぎてとんでもないことを口走ってしまっている。全くの嘘を言っているわけではないけれど、これはあんまり良くない理由だ。男同士でウンタラカンタラと噂がたってしまったら芹澤に迷惑をかけてしまう。 「とっ、藤堂……! おまえ、何言ってるんだよー!」  案の定芹澤は俺に掴みかかってきて怒り出す。でも顔は真っ赤で……芹澤が俺の言葉にどう思ったのか、読み取れない。謝るべきか、でもここで謝ればこんなことを言った意味がなくなってしまうし……と迷っていれば、芹澤は「ばか!」と一言言ってぴゅーっと逃げていってしまった。 「あれ、涙逃げちゃったね。藤堂くん、今の本当?」 「うっ……」  芹澤に逃げられてショックを受けている俺に、春原が追い打ち。今の芹澤の反応をみた後で「付き合います」なんて言えないしどう答えようと俺が口ごもっていると、春原がからからと笑う。 「いや別に誰かに言ったりはしないよ。付き合うなら付き合えばいいじゃん。同性だっていいんじゃない?」 「……いや、っていうか……付き合えるかとかわかんないし……」 「それなのにさっきあんなこと言ったの? 藤堂くん、相当涙のこと好きなんだね!」 「好っ……」  はっきりと言われてしまうと、恥ずかしい。俺はカッと顔が熱くなって、黙り込んでしまう。春原はといえば、ふっと笑って俺の顔を覗き込んできた。 「じゃあ、俺のライバルかな?」 「えっ……?」  俺は春原の言葉にばっと顔をあげる。春原はにこにことしていて、表情を崩さない。俺のライバルってことは……まさか、春原は…… 「えっ……春原も芹澤のこと……」 「いやあ、どうだろう。ただ、涙を自分のものにしたいって気持ちは一緒かな」 「う、うそだろ!?」 「ただね、藤堂くんと違うのは、俺は涙と付き合いたいんじゃなくて、涙を――」  ちらり、春原の瞳に黒い影がかかった。俺の本能がゾクリとざわめいて、何かが危険だと感じ取る。しかし―― 「――あっ、春原! ちょっとこっちきて!」  少し離れたところから、誰かが春原を呼ぶ。その声に、会話は遮断されてしまった 。そして春原は俺ににこりと微笑みかけて、そのまま去っていってしまう。  どこか危うかった春原の様子に、俺は固まったままでいた。本当に春原は何を考えているのかわからない。  でも、そんなことよりもどこかへいってしまった芹澤のことが気がかりだ。俺は芹澤を探しに、駆け出した。

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