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芹澤の消えていった方向へ向かって行くと、ちらほらと特別教室が現れる。授業も始まらない朝のこの時間ならまず誰もいないそれらの部屋。その辺が怪しいと思っていくつかの教室を覗いていけば、芹澤は資料室にこもっていた。
「……芹澤?」
「……と、藤堂」
部屋の隅にうずくまっている芹澤に、声をかける。そうすると芹澤はぐしぐしと目をこすって、ぱっと顔をあげた。目のあたりが赤くなっていて……芹澤は、泣いていた、のだろうか。
「せ、芹澤……ごめん、あんなこと言って……」
「……ほんと、さいあく」
「ごめん……」
俺の言葉が泣くほど嫌だったのかと、俺は酷く落ち込んだ。芹澤はまたぽろぽろと泣きだして、きっと俺を睨みつける。
芹澤がもしかしたら、俺のことを好いてくれている……それは、俺の思いあがりだったのかもしれない。というよりも、恋愛感情なんて抱いてしまった俺が馬鹿なのであって、芹澤は俺を友人として好きだった。だから、恋愛感情を抱かれたことがショックだった、とか。
「あ、あのさ……なかったことにしていいから……聞かなかったことにしてくれたら……いいな、とか」
「……俺は、絶対に藤堂とは付き合いたくない」
「うっ……だ、だから、……」
――やばい、泣きそう。
芹澤の声色から、この言葉は照れなんかじゃなくて本心からの言葉だとわかる。ぐさっと刃物にえぐられたような痛みを胸に感じて、俺は眩暈を覚えた。あんまりにも辛くて、本当に泣きそうになって。
「――始まったことには、終わりがくるから」
「……え?」
「……どうせ最後にすてられるくらいなら、はじまりなんてこなければいいのにって、そう思ってたのに」
でも、俺を睨む芹澤の目は、俺を拒絶していなかった。芹澤はゆらりと立ち上がると、ゆっくりと俺に近づいてくる。
「付き合って、そのうち飽きられて、嫌われて、最後に振られるのが怖くて、」
「せ、芹澤……?」
「……藤堂に嫌われるのが、……こわくて、……」
ぽろ、ぽろ。芹澤の瞳から涙がこぼれ落ちる。あんまりにも綺麗な涙から、俺は目を離せなかった。強力な引力が、俺を支配する。
「俺なんて、誰からも嫌われることなんて知っているから――夢を、みていたかった」
きらきらとした瞳が迫ってくる。芹澤は一体何を言っているんだろう。俺はおまえを嫌ったりしないし、好きだから――そんな言葉は、俺の口からは出てこなかった。
――俺の唇は、塞がれていた。何でもない、芹澤の唇によって。
「――えっ」
唇が離れていって、ばちりと目があった。瞳いっぱいにあふれる涙が、眩しくて目を開けているのが辛い。
――俺は今……キスをされたのか。芹澤に、キスを……
「……藤堂、きらい」
とん、と胸を押されて俺はよろめいた。あまりの衝撃に、呆然としていた。頭の中は、ごちゃごちゃと色んな想いで溢れかえっていて、すっかり混乱していた。
芹澤は、なんで俺にキスをしたんだ。キスをしたんなら、俺のことが好きなんじゃないの? さっきうっかり「付き合いたい」と俺が言ってしまったときに芹澤が顔を赤くしたのも、嬉しかったからじゃないの? なのに――なんでこんなに俺と付き合うのを拒むのか。わからない。芹澤の考えていることが、わからない。
「夢を、みていたかった」って、なんだよ。
「あっ……芹澤……」
混乱しすぎて本当に何も言えなかった俺の前から、芹澤が走り去っていってしまう。
追いかけることもできなかった。どうすることが正解なのか、わからなかったから。でも、追いかけることができなかった自分が、ひどく、憎たらしい。固まってしまった足を切り落としたいと思うくらいに、この時すぐに走って芹澤を追いかけられなかったことを、後悔した。
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