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――その日から、芹澤は俺と目を合わせようとしてくれなかった。俺もどうしたらいいのかわからなくて、とりあえず何か話をしたいと思っていたけれど、なかなかタイミングが合わない。芹澤が意図的に俺を避けているから、話すきっかけすらつかめなかった。
放課後は、芹澤はすぐに生徒会へゆく。だから「今日は一緒に帰ろう」と誘うこともできない。春原と一緒に生徒会に向かっているところを、黙ってい見ていることしかできなかった。見ていると春原とは今まで通りに接しているようだ。そのことに俺は相変わらずイライラとしてしまったが、同時に思う。春原は芹澤と昔馴染みらしいから、ああして上手く距離をとれているのかな、と。思えば俺は芹澤のことをよく知らなくて、俺の衝動のままに行動していたから、思わぬ所で芹澤の地雷を踏んでいたのかもしれない。そう思うと、芹澤のことをもっと知りたいを思うようになった。
「春原――」
ある日、俺は意を決して春原に話しかける。芹澤のことを、少しでも教えてもらおうとした。
春原は俺に話しかけられれば、「わかっていました」みたいな顔をして、穏やかに俺を受け入れる。この調子だと俺が芹澤に避けられているのも知っているなと思うと癪だったけれど、頼る相手がもう彼しかいない。
俺は恥を忍んで春原に昔の芹澤のことを聞いてみる。春原はどうにも怪しいところがあって曲解したような情報を俺に言ってきそうだから、聞いておいてなんだが半信半疑ではある。でも、聞かないよりはマシだと思っていた。
「涙に直接聞けばよかったんじゃないの?」
「……そ、そりゃそうだけど……」
「まあ……さすがに空気は読むか。涙、明らかにワケありみたいな雰囲気あるでしょ? 聞きづらいよね」
「ああ、」
「――ま、俺は教えてあげないけどね! ライバルって言ったじゃん。敵に塩を送ってどうするんだよ。知りたいなら無理やりにでも涙から聞き出せばいいんじゃない。今まで無理やり涙に触れてきたみたいに」
じっと俺を冷たい目で見つめながらそう言ってきた春原からは、明らかな敵意を感じた。始めてはっきりとした敵意を春原に向けられて、俺はぎょっとしてしまう。外面だけはいいやつだと思っていたから、思わずビビってしまった。
しかし、春原はまたすぐにカラッと笑う。そして、俺の耳元に唇を寄せてきて、そっと言ってきた。
「でもさ――前も言ったでしょ。涙は、オカシイ奴だから。軽い気持ちで涙と付き合うと、痛い目みると思うよ」
――また、言った。春原の言う、芹澤を貶すようなその言葉が俺は嫌いでイラッとしたけれど、怒りはなんとか押さえ込む。
それよりも、別の疑問が浮かんできたからだ。
「……だったら、春原は? 春原は大層な覚悟をして芹澤と一緒にいるってのか?」
以前、春原が芹澤のことをどう思っているのか聞きそびれたけれど、一緒にいたいと思っていることは間違いない。俺にそんなことを言ってくるんだから、春原自身は一体何を思って芹澤のそばにいるんだろう、そう思ったのだった。
春原は、そんな俺の問を聞くとフッと笑い出す。そして、曇りのない声色で、言ったのだった。
「俺はいいんだよ。涙がぼろぼろになっていくのが好きだから」
「――は?」
俺は自分の耳を疑った。今、春原はなんて言った? そんな笑顔で言うような言葉ではない何かを、確かに言った。
「ライバルって言ったけどさ、君と俺だと根本的に違うんだよ。別に俺は涙のこと好きってわけじゃないし」
「……じゃあ、」
「んー、なんて言えばいいんだろうね。そうだな、飼い殺したいって感じ」
もはや、理解不可能だった。こいつの思考は、俺とはかけ離れすぎている、そう感じた。
「まあ、言葉のあやってやつだし気にしないで。でも、藤堂くんが俺から涙のことを奪いたいっていうなら、それはもう諦めたほうがいいんじゃない? 涙は君の思っている攻略法じゃだめなんだよ」
だったらおまえはどう芹澤に歩み寄っていくつもりなんだよ。それを問う前に、春原は俺の前から去っていってしまう。
俺は、春原に言われたことを頭の中で反芻させていた。俺の方法が間違っていたって、そういうことだ。強引に行ったことか、それとも――春原と違って純粋な好意を抱いて迫ったことか。後者のことならば、春原が言う「正しい攻略法」というのは、決して良いものではないんじゃないのか。もっと歪んだ、普通に見ればおかしな近づき方が正しいと春原は言いたいのかもしれない。――芹澤が、「オカシイ」から。
「……っ」
――それなら、なおさらだ。俺は、ただ芹澤のことが好きだ。好きだから、あいつが悲しませたくないから……まっすぐに、芹澤のことを好きでいたい。たとえ純粋な想いが芹澤にとって疎ましいものであっても、まっすぐに芹澤と向き合いたい。
春原は、一体何を考えているのだろう。それは俺にはわからないけれど、直感的に芹澤にとって良くないものだってことはわかった。あいつにだけは芹澤を渡したくない、そう思った。
とにかく、芹澤と話をしたい。あの芹澤のなみだの意味を知って――そして、止めてあげたい。
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