83 / 250

「……ん、」  目を覚ますと、仄かな光が、カーテンの隙間からこぼれていた。いつもよりも、目覚めがいい。いつもは、朝、目が覚めたときに、体が鉛のように重いから、今日みたいにすっきりと目を覚ますと、逆に違和感を覚えてしまう。  ……ああ、そうだ、結生と一緒に寝たから眠れたのかもしれない。いつも、言い様がない不安に心が責め立てられて、なかなか、眠ることができなくて。でも、昨日は……すっと眠りにつくことができた。好きな、人と一緒に寝ることが、こんなに自分にとって優しいことだと、今、初めて知った。 「結生……」  まだ、結生は、寝ていた。そっと、彼が目を覚まさないように、キスをする。  「好き」と、言えない。「幸せだ」と、言えない。彼に、言葉で愛情を、表現できない。緊張して言えないのか、とそう思ったけれど、やっぱり違う。今、彼が寝ている時なら言えるかもしれない、と、言ってみようと思ったけれど。言葉が胸のあたりで詰まって、出てこなかった。  一般的に明るい感情を言葉にしようとすると、頭の中がに真っ黒な霧がかかる。俺の体か、それとも心か。それが自分の幸福を、否定する。それでも無理して言おうとすると、今度は吐き気がして、頭が痛くなる。言えない。結生に、「好き」と伝えたいのに、言えない。 ――昨日も。結生に、「幸せだった」と言うことが、できなかった。昨日なんて、このまま死んでもいい、って思うくらいに、幸せだったのに。  ずっと、このまま俺は、気持ちを、伝えないでいるのだろうか。そのままでいたら、結生は、どう思うだろう。今は、付き合いたてで、そのことに不満を抱かないかもしれないけれど、ずっと付き合っていて、一回も「好き」と言わなかったら、どうなるだろうか。きっと、結生は、不安に思う。そして……俺と、別れを、  ああ、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。こんな、人の成り損ないが、結生のことを、好きになって、ごめんなさい。ごめんなさい、お願い、捨てないで。ごめんなさい。 「……い、」 「え……?」 「涙。……なんで、泣いてんの」  不意に、声が聞こえた。顔をあげると、結生が、こっちを見ていた。  ……起きた、んだ。俺を見ている。心配そうに、見ている。  ……変に、思われるかもしれない。目が覚めて、一人で俺が泣いていた、なんて。結生からすれば、おかしな光景かも、しれない。どうしよう、一人で泣いて気持ち悪いって、結生、思ってないかな。気持ち悪いから、別れようとか……言ってきたり…… 「……怖い夢でも見た?」 「……え、」 「泣くなー! 現実のおまえは、幸せなんだぞー!」  結生は、にかっと笑って、俺の額に、こつん、と自分の額を、くっつけてきた。その瞬間、ぼろぼろと、大粒の涙が、溢れ出す。泣いちゃ、だめ、そうわかっているのに……結生の言葉が、嬉しくてたまらなくて、涙が止まらなかった。  声をあげて泣いてしまって、自分でも、子供みたいって、思った。でも、結生はそんな俺に呆れることなく、優しく頭を撫でてくれる。 「涙……大丈夫だよ。おまえが辛かった17年よりも、もっと長い時間を俺と一緒に過ごしてさ、そうすれば平均で涙の人生はハッピーだろ」 「……なに、それ……、変な、理論」 「変? そう?」 「……うん、変。へん、なの」 「あっ、また泣く」  優しい目で、俺を見る。この瞳に見つめられると、ひどく、安心する。  好き。結生、好き。言いたい、好きって結生に、言いたい。この優しい瞳に見つめられながら、好きって、そう言えたなら。どんなに、俺は、幸せだろう。

ともだちにシェアしよう!