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生徒会室に辿り着いて、俺はほんの少し、違和感を覚えた。扉の奥から、光が漏れてきている。誰かが来ている、ということだ。こんな朝早くに来ているということは、俺みたいに何か生徒会室に用事があるということだけれど……誰が来ているのか、予測がつかない。
ノックして中に入ったほうがいいな、と手の甲を扉に向けたとき。中から、物音が聞こえてくる。
「……い、……、先輩、」
「……ら、……て、……」
話し声。ぼそぼそとしていて、何を言っているかは、わからない。ただ、ここで立っていても、仕方ない。中で話している二人の、邪魔をするのが悪いと思ったけれど、意を決して、扉をあける。
「……!」
そうすると、そこには、びっくりするような、光景。
「あっ……! 芹澤先輩……!」
二つの人影が、くっついていた。それも、男と男。俺が中に入るなり、片方が飛び跳ねるようにして、相手から離れてゆく。
部屋の端っこまで逃げていったのは、生徒会会計の逢見谷 。細身で可愛らしい顔立ちをした、一年生。そして……もう一人。机に寄りかかって、微笑んでいるのが……ゆう、だった。わたわたとしている逢見谷を、まるで猫でも慈しむような目で、眺めている。
「おはよ、涙」
「お、おはよう……逢見谷も」
それなりに、衝撃的なシーンをみた、と俺は思った。俺は、特に変な目で見たりは、しないけれど、生徒会室で男同士で、そういうことをしているところを見たら、普通なら、驚くと思う。当の本人である逢見谷も、慌てた様子。
でも、ゆうはそんな様子を一切見せない。悠々と、眉一つも動かさずに、ただ、いつものような、柔らかな笑みを浮かべているだけ。
「え、えっと、じゃあ俺はお先に!」
逢見谷は、そんな、俺とゆうの微妙な雰囲気に耐えられなくなったのか、生徒会室から飛び出して行ってしまった。俺とゆうが残された生徒会室は、静かで、いたたまれなくなって、俺はゆうに尋ねてみる。
「……ゆうって、逢見谷と」
「そういえばさ」
「えっ、な、何?」
「今日も藤堂くんと学校来ていたよね。ほんと、仲いいね」
でも、あっさりと、話題を変えられてしまった。そして、その話題は、俺は上手く躱すことのできないもの。どう、答えればいいんだろう。「仲良くない」なんて、言いたくないし。「付き合っている」と言って、結生に迷惑をかけたくないし。
「まあ、ほどほどにしておいたほうがいいんじゃない? 涙は、あんまり慣れないことしないほうがいいよ」
「……!」
俺が悩んでいたからか、ゆうはそんなことを言ってきた。妙に、その言葉に、ぐさっときたけれど。俺は何も言い返すことができない。
俺が黙っていると、ゆうは立ち上がって、俺の方に向かってくる。そして、生徒会室を出て行く直前に、肩を、ぽんと叩いてきた。
「ま、何か辛いことがあったら、俺に言ってね」
ゆうは、そう言い残して、そのまま出て行ってしまった。
色々と、頭が混乱して、整理がつかない。ゆうと逢見谷の関係も、結局わからなかったし。それに、ゆうに言われた言葉が、本当にその通りすぎて、胸が苦しくなってくる。
そうだ、俺は恋愛なんて、慣れないことはしないほうがいい。わかっていたことだから、余計に、苦しい。やめたほうがいいってわかっていても、結生のことは好きで好きでどうしようもないから……苦しい、苦しい。
苦しい。
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