100 / 250

7(3)

 そうだ、結生は、俺が、酷い言葉を言っても、俺のことを、嫌わなかった。もしかして、今も、俺のことを、嫌ってなんて、いなくて、むしろ、俺のことを、心配してくれて。それなのに、俺は、今、ゆうと、 「じゃ、呼んでくるからね」 「……まって、」  最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪。  俺、最悪だ、最悪、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いきもちわるいきもちわるい死ねばいいのに。  ゆうは、そのまま、カーテンの外。なにか、結生と、話して、いる。足音が、近付いてくる。くる、くる、きてしまう、結生が、俺のもとへ。 「……涙?」 「……あ、」  声が、聞こえる。エコーの、かかった、結生の、声が、たしかに。でも、カーテンを、あけて、はいってきたのは、化物だった。化物、と、いうか、真っ黒な、人影。 「……ッ、」  なに。これ。見えるもの、全部、歪んでいる。色が、ごちゃごちゃ。モノクロになった、と思ったら、虹色に、なって。視界の端は、もやがかかって。頭の中が、洗濯機にまわされた、みたいに、ぐるぐる、する。耳鳴りが、うるさい。  近づいてくる。化物が、近づいてくる。こないで、こないで。怖い、怖い、怖い怖いこわい。 『インバイの子はやっぱりインバイなんだな』 『汚ェ』 『気持ち悪い』 「く、来るな……! 来るな、来るな来るな!」 「涙……!?」  化物に、枕を、投げて、でも、化物は、こっちに、来る。結生の、声は、聞こえる、のに、結生が、見えない。 「あ、やだ、やだやだ、こないで、」 「涙? おい、涙、俺だよ、涙!」 「……、……!?」  俺の、肩に、触れた、のは。化物、じゃなくて、結生。黒塗りになった、顔が、ゆっくりと、人の顔の、輪郭を、生んで、結生の、顔に、なって、いく。 「ゆ、ゆき、……」 「涙……なにか、あった? 変だぞ」 「い、いや、……」  ……俺は、今。結生と、幻覚を、重ねていた。なんで? なんで、なんで? 大好きで、優しい結生が、どうして、化物なんかに、みえたの。  ううん、それより、謝らなくちゃ。酷いこと、言ったから、謝らなくちゃ。結生、怒ってない、怒ってないから、謝らなくちゃ…… 「……あれ? 涙……」 「な、なに……?」 「それ、どうしたの? あと制服もはだけてるし……」 「……!?」  結生が、とんとん、と自分の首筋を、叩く。なにか、ついている? 自分の首に、触れてみたけれど、なにもついていない。じゃあ…… 「あ……」  一寸前の、記憶が、迫ってきた。ゆうに、首を、吸われた。痕が。痕が、ついた、ということだ。 「えっと、……涙。あの、……ここで、春原と……何か……」 「えっ……え、えっと、その、……」 「……い、いや、……責めてないから、……むりやり、されたなら……俺、春原のこと殴ってくるからさ、……」  結生は、俺を、疑わなかった。ここで、無理やりされた、って言えば、結生に、嫌われることは、ない、ないけど、……ないから、嘘、ついちゃえば、いいけど、でも、そんなこと、して、いや、だめだって、嘘なんて、ついちゃ、俺が、結生を、裏切った、のに、ゆうの、せいに、しちゃ、だめ、でも、嫌われたくない、嫌わないで、ねえ、結生、ねえ、おねがい 「……あっ、」 「あっ、ご、ごめん、……目にゴミ入っただけだから、気にすんな、」 「……ゆき」  俺が、黙っているから。  結生が、泣いた。 「……あ、あの、ゆき、……」 「ほんと、ごめん、ごめん……泣くつもりなんてなくて、……いや、まじ、気にしないで」 「……ッ」  俺は。  なんて。  最低なにんげんなんだろう。  結生を、傷つけた。結生を、裏切った。こんな、俺を、愛してくれた、結生を、傷つけた、んだ。 「……俺と、付き合ってるの、嫌になった?」 「ちっ、……ちがう、……」 「……そっか、……よかった。それなら、いいんだ。俺が、一人で涙のことを支えるには、力不足だったんだな。……ごめんな、涙。ごめん……」 「……あ、……ぁ、」  なんで、結生に、謝らせている、の、俺、は。  ああ、もう、だめだ。  俺は、俺は、おれ、は、愛して、くれた、人、さえも。傷つける、ゴミ屑、なんだ。  生きてる、価値が、ない、違う、生きていては、いけない、モノなんだ。 「……涙?」  死ななきゃ。今すぐに、死ななきゃ、死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ。 「ど、どうした、」  ベッド、から、抜け出して。結生を、押しのけて、はやく、はやく、はやくはやく、死ななきゃ。どこに、どうしたら、俺は、死ねるの。ああ、そう、それで、死ねる、それで、。  はさみを、手に取った。ぐら、ぐら、視界は、ゆれる。どこ、させば、死ねる、の。首? 心臓? 死にたい、はやく。 「――バカ! 何やってんだよ!」 「……ッ」  どこか、どこでもいい、死ななきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ、刺そうと、した、その瞬間。後ろから、はさみを持った手を、掴まれた。振り向けば、結生が、必死の、形相。  信じられない、なんて顔で、俺を、みている、泣きながら、俺を、みている。結生、結生、なんで、そんな、顔を、するの。 「離せ……離せ!」 「落ち着け、涙……涙!」 「触るな、触るなふざけんな、もう、やめろよ、……うっ、」  触らないで、これ以上、俺のことを、みないで、こんな、姿を、みないで。また、俺は、汚い、言葉を、結生に、言う。これ以上、酷いことを、言いたくないのに、勝手に、口から、出てきて、しまう。  いやで、嫌で。また、吐き気が、込み上げてきた。 「で、てって……、は、……ぁ、」 「涙? 涙、大丈夫か、」 「うっ、……」  ぜったいに、嫌だ。吐いている、ところ、なんて、みられたくない、のに。我慢、できなかった。込み上げてきた、胃液が、口から、出てきて、しまう。 「涙……しっかり」 「うるさい、みるな、……みないで、あっ、……う、っ、……おぇ、」  二回目の、嘔吐、だから。でてくるのは、胃液だけ。でも、みられたく、ない。汚い。汚いもの、吐き出しているところ、結生に、みられたくない。みないで、これ以上、汚いところ、みないでください…… 「みるな、……みるなよぉ……」  もう、むり。消えたい。消えたい。  消えたい……。

ともだちにシェアしよう!