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結生の家は、暖かい。毎日のように俺が来ても、嫌な顔ひとつもしない。「大丈夫なんですか?」って結生のお母さんに聞いてみたら、「普段は家族があまりいなくて寂しいから、芹澤くんが来てくれて嬉しい」と言ってくれた。
ご飯を食べて、お風呂にはいって。二人で、結生の部屋へ。ああ、何から話そう。ゆうと悪いことをしてしまったことを謝るか、酷い言葉を吐いてしまったことを謝るか。悩んで、頭が痛くなってきて、言葉に詰まっていれば、結生が、俺を抱き包んでベッドに入っていった。
「涙、なんで、春原とあんなことしちゃったの?」
そして、抱きしめたまま問いかけてくる。俺は、酷いことをしてしまったから、キツく尋問されるのかとばかり思っていて……だから、抱きしめられながら聞かれて、びっくりしてしまった。声色も、柔らかい。
結生も、傷付いたのに。泣いたのに。それなのに、俺のことを考えてこうしてくれている。結生の優しさに触れれば触れるほど、自分の醜さが、怖くなる。
「……結生に、……捨てられるって、思って……」
「え? なんで?」
「……酷い言葉、いっぱい言ったから……」
「涙がそういうことを言っちゃうの、知ってたし、それくらいで嫌わないよ」
「……ごめんなさい。俺、結生が、女の子と話しているのに、嫉妬して……それで、嫉妬している自分が嫌になって、……わけわからなくなって、ひどいこと、言っちゃって……」
「怒ってないって、大丈夫、泣くな」
「ごめんなさい……」
結生に、酷いことをしすぎて、何から謝ればいいのかわからない。謝りたいという気持ちだけが先走って、言葉も上手く紡げない。それでも、結生は俺を撫でながら、話を聞いてくれる。
「でも、だめだよ。春原のところにいっちゃ。何か悩んだら、まず俺に言って」
「……はい、ごめんなさい……」
「うん……俺も、涙のこと好きだから、嫉妬しちゃうんだ。俺以外の奴に、涙に触れて欲しくない」
「ごめんなさい……傷付けて、ごめんなさい……結生のこと、裏切って……ごめんなさい……」
「ううん……難しいと思うけどさ、俺のこと、もっと信じろ。俺は、涙のことを裏切らないよ」
結生が、優しく触れてくれるからか。安心して、徐々に上手く想いを口にすることができるようになってきた。優しくて、優しくて、じわりと目頭が熱くなる。
俺は、これから結生を信じきることができるのかな。結生が、という問題ではなくて。俺が、被害妄想が激しかったり、何事も悪く考えてしまう性格だから。大好きで、優しい結生だから、信じたいと思うのに、その自信は、ない。さっきみたいに、心のなかが不安でいっぱいになったら……また、わけがわからなくなって、結生を裏切ってしまうかもしれない。
それが、怖い。
「なあ、涙……」
「え……?」
「ほんと、悩んでいたら俺に、言えよ……」
「う、うん……ごめん……」
「さっきみたいなことされたら、怖いから……」
「さっき?」
結生が、俺を見つめながら、じわりと瞳を潤ませた。俺は、びっくりしてしまって黙り込んでしまう。やっぱり、俺がゆうと悪いことをしたの、ほんとうにやってはいけないことだった……だから結生はこんなにも傷付いて、……そう思った。
でも、結生の口から出てきたのは、全然違うこと。結生は、俺をぎゅっと抱きしめると、絞り出すような声で、言う。
「……お願いだから、自分の体を傷つけようとしないで」
――なんのこと?
思ったのは、疑問だけ。俺が、いつ、自分の体を傷つけようとしたのだろう。
「はさみ、持ちだしたときはどうしようかと思った……涙が、それで自分を刺したらって考えると、頭が真っ白になって……」
「……はさみ? えっと……ごめん、いつの話?」
「え?」
「あの……えっと、記憶に無いっていうか……俺、はさみでなにかした……?」
結生の言葉に、心当りがない。はさみで自分を傷つけようとした、なんて、知らない。
でも、そういえば結生は信じられないという顔をして、固まってしまう。迷ったように視線を漂わせて、そして、硬い表情のまま、苦笑い。
「……あ、……ごめん、なんでもねえや。うん、変に刃物とかいじんなよって話」
「……う、うん」
俺、何か、変なこといったかな。俺の返事に結生は納得がいかないようだったから、また不安になってきてしまう。もし、結生が大事なことを言っているのに、俺が忘れてしまっているのだとしたら、どうしよう。でも、本当に記憶に無い。
これで、また、結生に嫌な思いをさせちゃうかな。じわ、と視界が潤んできて、「ごめんなさい」ってつぶやけば、結生が大きく俺の頭を撫でてくる。
「……不安、なんだよな。ああいうことしちゃうのも……不安でいっぱいだから……なんだよな。俺の、愛情表現が足りていないかも。涙……俺、涙のこと、愛しているよ」
「ゆ、結生、……」
「涙……大好き」
結生が、唇を重ねてきた。そして、俺に、覆いかぶさってくる。見上げれば、その目には、涙が浮かんでいて。ぽたり、と一雫、俺の頬に落ちてきた。
「あっ……」
シャツのボタンを、外された。肌を、撫でられた。ぞくぞく、した。
抱かれる。結生が……抱いてくれる。嬉しくてたまらなくて、涙が溢れてくる。優しい触り方、俺を見つめる熱っぽい瞳、セックスのときの結生の、全てが、俺を愛しているっていっているようで、俺は、幸せな気分に、なる。
「だ、だめ……結生……音、が……」
「うん、音、聞こえちゃうね」
「聞こえちゃう、から……だめ……」
「いいよ。バレるバレないとか、どうでもいい。俺、涙のことを、愛したい」
「ゆき……んっ……ん、ぅ……」
布団の中で、ごそごそと身体を撫で回された。ぽかぽかに温まった身体は、素直で、触れられるたびに、悦んでしまう。結生が、布団の中にもぐって、俺の乳首を吸ってきて、身体は勝手に、のけぞってしまった。
「あっ……あっ……ふ、ぁっ……い、いくっ……あっ……いく、……いく……」
感じてしまう。結生に、触られると……嬉しくて、幸せで、感じすぎてしまう。まだ少し触られたばかりなのに、もう、イキそうになってしまって……恥ずかしい。これだと、いやらしいことが好き、みたいで、嫌なのに。嫌なのに……気持よくて、やっぱりもっと触られたくて、俺は、結生の頭を抱えるようにして、もっと、ってせがんだ。
「んぁ……」
結生の舌先が、乳首を、転がしてくる。胸を、舐められると、なんだかすごく安心して、ふわふわしてくる。
「ゆき……ゆき、ぃ……」
「ん、気持ちいい?」
「もっと、……ゆき、もっと……」
ぐすぐすに泣きながら、蕩けた声が、唇から、勝手にこぼれてくる。幸せすぎて、切なくて、涙が、止まらない。
甘い、甘い、快楽。俺には、相応しくない、優しい、快楽。俺は、結生を、きっと、これから先も傷つける。こんなに幸せな快楽を、手に入れては、いけない。でも、結生を信じたいから、受け入れる。受け入れると、苦しくて、泣きたくなる。
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