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第十章 Footsteps of the darkness
***
今日は、授業が午前中に終了する。学校があまり好きではない俺にとっては、嬉しいこと。
いつものように、結生と一緒に登校する。朝からずっと優しく話しかけてくれた結生に、今日は変なパニック起こさないといいな、なんて思う。結生が、俺を愛してくれているのは、わかっているんだけど。俺のなかに常駐する不安感のせいで、どうにも、悪い方向に考えてばかり。結生の優しさに応えたいという気持ちはあるのだけれど。できる自信は、ない。
「……!」
まだ、授業が始まるまでに時間がある。昨日生徒会に参加できなかったし、何か変わったことはないかな、と思って、生徒会室に寄ろうとした。その、道中で。
「……逢見谷?」
逢見谷が、ふらふらと廊下を歩いていた。どうやらトイレに向かっているように見えるけれど……どうにも、足元が覚束ない。
「あ、……芹澤先輩……」
「具合でも悪い? 顔赤いし……ふらふらしているけど」
「あ、いえ……大丈夫です」
彼の様子は、明らかに不調だった。保健室に連れて行こうか、その前にトイレに行きたそうだから肩でも貸してやろうか……そう思って手を差し伸べたとき。
「あっ……う、……んんっ……」
がくん、と逢見谷は崩れ落ちて、その場にうずくまる。
「えっ……は、吐く? 立てる? トイレ、行こう」
「う……芹澤先輩……」
はあはあと荒い呼吸をしている逢見谷を、なんとか抱えてトイレに向かう。がっつり触れることになるけれど、そんなことを言ってる場合じゃないし、服越しなら大丈夫。トイレに入れば、中に入って誰もいなくて、すぐに彼を個室に向かわせることができた。とりあえず一安心かな、と思いつつ背中をさすってやると、また逢見谷が声をあげる。本当に大丈夫なのだろうか……そう思って顔を覗き込めば、逢見谷はちらりと俺を横目で見てきた。
「……芹澤先輩、昨日、早く帰ったんですよね。大丈夫でしたか?」
「あ、ああ……俺は、大丈夫……ありがとう」
「それなら、いいです……ひっ、……」
「逢見谷……?」
びくっ、と逢見谷が震える。本当にしんどそうで、見ているこっちが不安になる。飲み物でも持ってきてあげたほうがいいかな、と思って立ち上がったときだ。スマホの着信音が、響く。逢見谷のスマホからのようだ。
「……はい、」
『あ、逢見谷? 今どんな調子?』
「へへ……もう、大変です……春原先輩」
……ゆうだ。電話の相手は、ゆう。音量を高くしているのかゆうの声も丸聞こえで、俺はここにいていいのかな、という気分になった。だって、この二人は、昨日生徒会室で……
『今どこにいるの?』
「トイレです……」
『ああ、そう。じゃあ今オナってみせてよ。声もちゃんと俺に聞かせて』
……!?
今、ゆうは何て? おかしな言葉が聞こえてきたような気がしたけれど……俺の聞き間違いだろうか。
あんまりにもびっくりして、俺が固まっていると、逢見谷がベルトを外し始めた。ああ、なんだか、まずい、そう思ったけれど何故か体が動かない。許容し難いものを見てしまうと、咄嗟に体が動かなくなってしまう。
「あっ……春原先輩……今、芹澤先輩がいるんですよ」
『涙? じゃあオナってるところみてもらいなよ』
「はい……春原先輩」
……聞き間違いじゃない。ゆうは、逢見谷に自慰を強要している。一体二人はどんな関係なんだろう。もし付き合っているとして、なんでゆうは昨日俺にあんなことをしたのだろうか。
ただただ、混乱した。そして、逢見谷が見せてきたものに、さらに混乱した。
「えっ……」
ベルトを外し、下を脱いで……そうすると、逢見谷の臀部があらわになる。そしてそこに……ずっぽりと、何かがささっている。見たくもないけれど目は離せなくて、よくよく見てみればそれはぶるぶると振動している。
もしかしてこれは……大人のおもちゃというもの、だろうか。
『せっかくだからバイブをマックスにしてあげるね』
「す、春原先ぱ……あっ……あぁああぁ!」
何が起こっているのか、よくわからない。ゆうが、逢見谷のなかに入っているものの強弱を、遠隔操作しているの、だろうか。それで、逢見谷はあんなにふらふらと、歩いていたのかもしれない。そんな、よくわからないプレイのようなことを……見る限り、逢見谷は悦んで受け入れている。
「あっ、うっ、んぁあっ、イキ、ます……せんぱい、イッちゃい、ます……!」
甲高い声をあげて、挿れているものを自らの手でぐりぐりと奥へ押し込んで。股間からびたびたと液体を垂らして。俺の知らない、逢見谷に。正直。恐怖を覚えた。俺の目の前で、俺がいることも気にせずに、気を違えたように涎を垂らしながらよがっている逢見谷。みてはいけないものを見てしまったような気がして、さっと血の気が引いてゆく。
「……、」
俺は、無言で後退した。そして、ゆっくり、ゆっくりと逢見谷のいる個室から離れていって……トイレから、逃げ出した。
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