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タクシーに乗って、無事、学校にたどり着く。タクシーから玄関まで、玄関からエレベーターまで、ゆうは俺に甲斐甲斐しく付き添ってくれた。
学校の中に入れば、視界がぼやけて、足がふらついた。ゆうがいなければ、まともに歩けていないかもしれない。松葉杖を握る手は震えて、まともに力が入らなくて、頭がガンガンして、妙に動悸がする。心は、正常、そう思っているけれど……身体が、ズタボロ。強烈な無気力が、ほんの少し動くことすらも、拒絶した。
「あ、」
ふと、ゆうが声をあげる。ここにくるまで、ゆうは色々と話しかけてくれていたけれど、全部、耳を通り抜けていて、彼が何を言っているのかわからなかった。でも、ゆうがぴたりと立ち止まったものだから、なんだろうと思って、視線をあげると……
「……ッ、」
「涙……」
そこには、藤堂が、いた。
藤堂は一瞬視線を漂わせて、そして、もう一度、俺を見る。俺は、辛くて、藤堂の目を、見ることが、できなかった。
惨めな、気持ちに、なった。俺は、未練ばかり、心のなかに飼っていて、でも、藤堂は俺のことなんて、きっと、嫌いだから。藤堂のことを見ると、恋心がぶり返して、また、あの優しいまなざしで見つめられたいと、そう思ってしまう自分が、惨めだった。
「藤堂くん。おはよー」
「……ああ、おはよう」
黙りこむ、俺の隣で、ゆうが藤堂に話しかける。
「なんというか、はやいうちに言っておいたほうがいいかなーと思うから、報告させてね」
ゆうはなんだか楽しそうな顔をしていた。笑っている、というわけではないけれど、目が、なんだか、とても。
藤堂が、目を瞠って、ゆうを見つめる。ゆうは、ゆっくりと歩いて行って、藤堂の目の前に立つ。
「俺、涙と付き合うことになったよ」
「――え……?」
ゆうが、あっさりと、俺と付き合っていることを藤堂に言った。どうせ、藤堂は俺に興味なんてないし、大した反応はしないかな、そう思った。けれど。藤堂は、眉をひそめて、唇を噛んで、そして瞳を揺らして。……悲しそうな、顔をした。
……なんで?
「……それ、……涙、ちゃんと同意してるのか……?」
「双方の同意のないお付き合いなんてありえないから」
「……なあ、涙……春原のこと、好きなのかよ……」
藤堂の表情に、俺は、ただ、戸惑った。藤堂は、春原を押しのけて、俺の肩を優しく掴む。その表情は、心臓が締め付けられるくらいに、つらそうで――俺は、何かまた……間違いをしてしまったんじゃないか、……そう思う。
自分のことなら、どうでもいい。自分が壊れていく間違いなら、どうでもいい。もう、どうでもいい。嫌われる苦しさとか、悲しさとか……もう、どうでもいい。ただ……藤堂を悲しませてしまう間違いは……いけない。
「……好き、じゃない……けど……」
「だったらなんで……なにか、脅されて……」
「違う……別にそんなこと、されてないから……」
「涙……なんで……」
「……っ」
わからない。なんで、なんで……藤堂が、泣くの。俺が、何を間違えたの。何を、何を。
頭のなかが、沸き立つ。落ち着いていたはずの、感情が、また、爆発する。
俺は、衝動的に結生を突き飛ばした。でも、力など入るわけもなく。松葉杖を離してしまえば、一気に脚に負担がかかって、身体が、崩れ落ちる。身体を床に、打ち付けて……痛みと、そして混乱で……俺まで、なみだがでてきた。
「……藤堂が……俺を、捨てたんだろ……もう、いいんだよ、俺は……もう、……何も、いらない、……藤堂に捨てられたら、もう、何も、望まない……」
「だから……誤解だってば……! そいつが、……春原が、逢見谷に俺に近づくように言ったんだよ」
「……なにそれ。変な、ウソつかないでよ」
「嘘じゃねえって……!」
ゆうが、俺の手を引いて起こしてくれた。この、ゆうが、藤堂を嵌めた、なんて。そんな、ありえない、言い訳がましいこと。別に、いいのに。俺を捨てたなら、捨てたって、はっきり言ってくれればいいのに。わかっているから。俺が、人に嫌われるにんげんだなんてこと。
ゆうが、俺の隣で、いつものように微笑んでいる。「そんなことするわけないじゃんね?」って柔らかい声で言って、俺の頭を、撫でた。
「藤堂くん。もう、涙から離れてよ。涙も困ってるでしょ? もう、涙は俺のものなんだから……君は、逢見谷とでも仲良くしてて」
「……春原、おまえ……」
ゆうが、歩きだす。俺は、少し、引きずられるようにして、ゆうについていった。藤堂とすれ違う、瞬間。目が合った。なみだに濡れた、哀しそうな目と。
……藤堂、もしかして、ほんとうのこと、言ってる? いや、そんなこと。……もう、いやだ。こわい。好きな人に、裏切られるのを、あともう一回だけでもされてしまったら、もう……俺、壊れてしまうと、思う。だから……はじめから、信じたくなんて、ない。
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