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 涙がどこにいるのかは、全く見当もつかなかった。俺は春原の家も知らないし、なんだかんだで涙の家に行ったこともない。だから涙を探すにしてもどこから探せばいいのかわからなかった。  でも、俺はなんとなく、行く場所を決めていた。俺の家に行くときに使う駅の周辺。学校からその駅までは電車で行くのが早いが、歩いて行ってみる。春原から聞いた涙の様子だと、電車に乗ったりはしないんじゃないか……そう思ったからだ。  ひたすら歩く。涙がいるという確証もなく、ひたすら。春原の「まだ死んではいないんじゃない」といった言葉だけを心の拠り所にして、俺はただひたすらに涙を探した。 「……あ、」  何時間経ったのか、わからない。お昼も随分と過ぎたあたりだろうか。  ……涙を、みつけた。  俺の使う駅の、二つほど前の駅の近く。ほとんど人が乗り降りしない小さな駅の近くの、路地の粗大ゴミ置場で涙はうずくまっていた。粗大ゴミとして捨てられていた、比較的綺麗なマットレスに寄りかかるようにして、ぼろぼろになって寝ている。 「……涙?」  ぞわ、とした。まるで、涙がゴミとして捨てられているような錯覚を覚えたからだ。そして、ほんの一日前まで普通に学校にいた涙が、こうしてゴミと一緒に寝ているという光景に、頭が拒絶反応を起こしてしまっていた。  俺が呼びかけると、ぴくりと涙が身じろぐ。よかった、生きていた……俺がホッとすれば、涙がゆっくりと瞼を開ける。 「……ゆ、き……?」 「涙……大丈夫か、涙……!」 「……ほんもの、……ゆき? ほんとに、ゆき……?」  よろ、と涙が立ち上がる。脚が、がくがくとしていて、目元に隈ができている。とてもじゃないが、大丈夫そうにはみえない。あんまりな涙の様子に俺がたじろいでいれば、涙がふらふらと俺に近づいてきて、倒れこむようにして抱きついてきた。 「る、」 「う、わあぁあぁ」 「涙……」  涙は……錯乱状態に陥っていた。俺に抱きついた瞬間、子供のように声を上げて泣き始めた。  いったい、何があったのか。なんでこんなところにいるのか。聞きたいことが山ほどあったが、今の涙が俺とまともに会話ができる状態にあるとは思えない。  変わり果てた涙の姿に戸惑いながら、俺は涙を抱きしめ返す。ボロボロの涙をみていると……俺まで、なみだがでてきた。 「……涙」 「ゆき、……う、あぁあ……ゆき、……」 「……寒かった? 涙」 「う、うぅぅうう」  肌は、冷たく、かさかさしている。涙の着ている服からは埃っぽい臭いがして、咳き込みそうになる。  もしも発見が一日でも遅れたらどうなっていたのだろう。あのとき、俺が早退すると決断しなければ、涙はずっとここで寝ていたのだろうか。それとも、自らの命を絶とうとしたのだろうか。  もしも、を考えると身の毛がよだつ。涙は細い細い糸の上を歩いているような状態だろう。ほんの少しでも足を踏み外せば、精神が完全に壊れて死んでしまう。もともと、涙の精神状態はギリギリだったのだ。それを、俺と付き合っていたことで正気を保っていられたのに、突然俺と別れてしまえば……始めの状態よりもさらに悪化した精神状態に陥ってしまう。今の涙は、本当にいつ壊れてしまうのかわからない、危険な状態にある。 「さがしてた、……ゆき……う、う」 「……俺を? もしかして、歩いて俺の家に向かっていたの?」 「うん、……うん……」  かたかたと震える手が、俺の背中を掴む。  本当に、危ない。今の涙は――そう、たとえるなら、光に群がる羽虫。「心」は消えて、ただ本能で光を求めてしまう、そんな状態。だって、今までの涙なら、「浮気をした俺」には怯えて近づこうとしないはずだから。それなのに、涙は電車も使わず電話をしてくることもなく、俺のもとへ向かってきていた。ただただ、自分にとっての光を求めて、無意識的に俺を求めてきていた。 「涙……しっかり、……」  どうしたらいい。  指先が、震える。涙と向き合おうと、そして涙自身にも自分に向き合ってもらおうと思ってきたのに、予想以上の状態に俺は戸惑ってしまっていた。こんなに、崩壊寸前の状態にあるなんて、思っていなかった。  なんと声をかけたらいいのかもわからない。何がトリガーになるのかわからなくて、怖くて何も言えない。 「ゆき……」 どんなに強く抱きしめても。何も言えない俺は、なんて無力なのだろうと、ただ俺は自らに絶望することしかできなかった。

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