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「……別々に行ったほうがいいと思うけど」
「なんで?」
「……俺と一緒にいたら、春原くんまで笑われるよ」
「そんなのどうでもいい」
「……」
半ば強引に、彼と一緒に次の教室に行くことになった。彼は始終俺と目を合わせようとしてくれない。俺の後ろを自信なさげについてきて、ずっとうつむいている。
「今日の授業から、なんだっけ……実際に絵を描くんだよね。芹澤くんは絵、得意?」
「……大嫌い」
「どうして?」
「……みんな俺の描いた絵を見て笑うから」
「絵が苦手な人なんていくらでもいるのに。芹澤くんのことを笑っている人なんて、ただ退屈しているだけじゃないの? 気にしなくていいと思うけど」
「……違う、……俺の描く絵は、変だから」
「変?」
彼の唇から溢れる言葉は、床に向かっていて聞き取りづらい。よっぽど俺と目を合わせるのが嫌なんだろう。どうにかしてこっちをむいてくれないかな、と話しかけてみたけれど、どうやら彼の地雷を踏んでしまったようだ。
彼はぴたりと立ち止まり、ちらりと窓の外を見る。俺も釣られて視線を動かせば、そこには青い、空。
「……空の色も、木の色も、……俺、わからないから」
「……目が悪いの?」
「別に……ただ色がわからない」
「そっか、……色がわからない、か」
彼の言葉から推測するに、彼は色盲なのだと思う。きっと彼がそんな病気を抱えているなんて、知っている人はいないだろう。だから、現実とは違う色で塗られた空に、周囲の人たちは笑ってしまうのかもしれない。
……決して、笑われることではないのに。
「いいんじゃない。自分の目に見えるものを描くのが「絵」なんだからさ」
「で、でも……俺の見えているものは、他の人が見えているものとは違くて、」
「同じ世界を見ている人なんてこの世にはいないよ。他の人に否定されようが自分の目に見えているものが自分の世界だ。それを否定しちゃだめだよ」
他とは変わっている人を笑う人。それを、俺は見窄らしいと思う。でもみんながやるからみんなやる。そして、一人の人が潰されてゆく。この、芹澤涙という人間も、今まさに潰されようとしている。それが、俺は嫌だった。
でも、そんな俺の考えなんて彼には全く届かない。彼は黙りこくったかと思うと……俺を抜き去って、一人で美術室まで向かっていってしまったのだ。
「あっ……芹澤くん、」
……やってしまっただろうか。やっぱり、上から目線っぽかったかな。
いじめられたことのない俺が、まるで彼を知ったような口をきいてしまったから……彼はイラッとしてしまったのかもしれない。ああ、失言だったかなあ、なんて。俺はため息をつくことしかできなかった。
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