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 彼は一切俺の顔を見てくれなかった。横顔が綺麗だな、なんて思っていたけれど、いよいよ俺がやっていることはただのストーカーみたいになってきているのでは、なんて思い始める。ただ単純に仲良くしたいだけなのに、うまくいかない。話しかけてもほとんど言葉が返ってこないから、かける言葉も少なくなってゆく。もう本当に自分が嫌になってきて、彼と仲良くなるのは諦めたほうがいいのかな……なんて、思い始めていた。  そのとき。ちらりと彼が俺を見て、ぼそりと言う。 「……なんで俺に構うの」  ものすごく、懐疑心を込めた声で。 「……春原くん、友達多いし俺と一緒にいる理由ないよね。俺と友達になったフリでもして、あとからみんなで嗤うつもりでいる?」 「ちっ……違うよ! 俺はただ芹澤くんと仲良くなりたくて」 「……ふうん。じゃあ、みんなから嫌われている俺と仲良くして、それで善人ぶりたいの?」 「……な、」 ――え、そんなふうに思われていたのか。  それはもうとんでもない誤解をされているようだったから、ショックを通り越して驚いてしまった。そんなに俺の言動は胡散臭かっただろうか……と自分の行動を振り返ってみるけれど……まあ、たしかに急に接近しすぎた感はある。俺も悪かったかなあ、なんて思いつつ、どう誤解を解こうと迷ってしまった。 「……俺、穢いよ。「近づくと精液がつく」らしいから、もう俺に話しかけるな」 「……、」  ……いや、悪いのは俺だけだろうか。  普通に話しかけただけでここまで疑うなんて、他の友人たちはしなかった。彼だけだ。彼は――他人に、虐げられて生きてきたから。自分の世界を否定され続けてきたから、自分に向けられる好意的な感情を信じられないでいる。これ以上、自分が傷つきたくないという自己防衛本能によって。  悪いのは、彼を取り巻く世界。彼をそうしてしまった世界だ。もちろんそこに俺は含まれていて、イジメられている彼を見過ごしてきた俺にも責任がある、そして当然いじめてきた人たちにも。「インバイの子」なんて言われていた彼を誰も救おうともしなかった――だから、彼はこうなってしまった。 「――芹澤くん」  じゃあ、彼を取り巻く世界を変えればいいと思う。そこに俺も含まれているなら、俺が彼を取り巻く世界を変えられる。きっと、彼も俺を信じてくれるようになる。  俺は、咄嗟に彼の手を掴んだ。彼はぎょっとしたように肩を震わせて、弾かれたようにして俺を見つめる。その瞬間――どき、と俺の心臓が跳ねた。  顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で俺を見る彼。 「は、……離せよ、」  妙に心臓に悪い表情。こんなに、彼の瞳は綺麗だったのか、そう思う。思わず目を奪われそうになったけれど――ここで言葉に詰まったらだめだ。 「……穢くなんてないよ」 「……、」 「もっと、こうしていたいって思うし」  みるみるうちに赤みを増してゆく彼の顔。たぶん、こうして触れられたことがほとんどないんだと思う。彼は慌てたように俺の手を振り払って、キッと俺を睨みつけた。 「う、うざいんだよ! 思ってもないこと言うな!」 「嘘じゃないから! 俺、芹澤くんと仲良くなりたいんだってば!」 「うるさい!」  でも、怒っている、という表情ではない。……はず。本当に誰かと接することに慣れていなくて、俺の行動に戸惑っているといったところ。  俺に背を向けてぴゅっと逃げていってしまった彼をみて、俺は思う。ちょっと彼には強引かもしれないけれど、俺がもっと頑張れば彼と友達になれるかも、と。本当に、ただ素直に彼と友達になりたい。どうすればいいんだろう。悩んでもなかなか答えは出てこない。  少しずつ、距離を縮めていく……それしか浮かばなかった。

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