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涙をトイレまで連れてくると、俺はすぐに持ってきた鞄の中身をひっくり返した。幸い、汚物が入れられていたメインの部分には涙の私物は入っていない。俺はゴミ箱に汚物を全部捨てて、それから鞄の中に付着した汚れを濡らしたハンカチで拭き取っていく。
「家に帰ったらきちんと消毒しないとね。布製の鞄だし洗濯もできるかな」
その様子を見ていた涙がすっと俺に寄ってくる。自分で綺麗にしたいけど、できない……そんな様子。前に涙が「性的なことがすごく嫌い」と言っていたのを思い出して、俺は涙に「俺がやるよ」と言った。他人の精液なんて、涙は絶対に触れないだろう。もちろん、俺だって嫌だけど、そんなことも言っていられないから俺がやる。
「……ゆう。引かないの?」
「なにが?」
「……俺が、こんなことされてるのに……気持ち悪くない?」
「気持ち悪いのはそんなことをしたあいつらだろ。涙は何も気持ち悪いところなんてないよ」
「……」
「そんなことより……涙、あのサイトに載ってた写真……」
俺の横で縮こまっている涙。色々と思うところがあるんだろうけれど、何より俺が気になったのは、桑野に見せられた涙の半裸の写真だ。あれは、一体なんなのか。
尋ねてみれば、涙はぐ、と息を呑んだ。そして、顔をみるみるうちに蒼くしてゆく。
「……自分では、撮ってないんだよね?」
「……とってない、」
「……」
「大丈夫、誰にも言わないよ。教えて、涙」
「……ゆう」
ぽたり、再び涙の瞳から、なみだがこぼれ落ちた。綺麗な、なみだだ。宝石のようにきらきらと輝いている。でも……君が哀しんで流したなみだを、俺は見たくない。
涙はうつむき、口元を手で抑える。そして、か細い声で――言う。
「……むりやり、された。むりやり、トイレに連れ込まれて……服を脱がされて、写真を撮られた。……それから、……その、……えっと、……」
「……うん。まだ、何か酷いことをされたの?」
「あの……頭、掴まれて……ち、……ちん、……を口に挿れられそうになって、……そこで俺が吐いちゃったから、されなかったけど……」
――あまりにも、ひどい。
怒りで吐き気すら覚えた。なんで、こんなか弱い子を相手にそんなことをできるのか、心底理解できなかった。
そんな写真をネット上に流して、これから一生涙は晒し者にされるっていうのか。性的な接触が苦手な涙に無理やり口淫をさせて、トラウマでも植え付けるつもりか。何も考えないでやった、じゃ許されない、イジメなんて言葉では済まされない、涙への仕打ち。今すぐにでも犯人を見つけて、どうにかしてやりたい――そのくらいの怒りを覚えた。でも。
「……ふ、……う、」
涙が、口元を抑えながら慌てて個室に駆け込んだのを見て、我に返る。泣きながら吐いているのを見て、思い知る。
悪いのは、気づくことすらもできなかった俺だ。ずっと側にいたのに、涙がそんな目にあっていたということに気づくことすらできなかった俺。
「……涙、ごめん……なにもできなくて、ごめん……」
涙の側までいって、涙の背中をさする。涙の泣き声が、俺の奥まで、響く。哀しすぎる響きが、俺の心臓を揺さぶって。
俺も、涙と一緒に、泣いた。
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