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「ゆ、ゆう……あの……」
ひとしきり泣いたあと、俺は涙を家に招いてみた。聞いたことがあったからだ。涙が、「あまり早い時間に家に帰りたくない」と言っていたのを。髪の毛も鞄も汚れてしまった涙を、そのまま夜まで放っておくなんてことはできなかったから、俺の家でシャワーを浴びてもらおうと思ったのだった。
シャワーからあがってきた涙は、恥ずかしそうに顔を赤らめながら俺の部屋に入ってくる。用意した服がちょっと大きかったようだ。俺にとっても少し大きいスウェットだから、俺よりも少し華奢な涙にはさらに大きく感じられるだろう。ちょっとだぼっとした服を着た涙は、なんだか愛らしかった。
「おいで、涙。母さんが返ってくるのはもうちょっとしたらだから、それまでゆっくりしてよう」
「えっ……えっと、……」
「いいよ、俺のベッド、座って」
「で、でも……俺、穢いよ……」
「お風呂あがったばかりで何言ってんの。それに涙は穢くないから。ほら、きて」
涙はちらりと俺を上目遣いで見て、そしてこくりと頷いた。すごすごとベッドまで近づいてきて、とすんと俺の横に座る。ちら、ちら、と頬を染めて俺を見てくる様子が、あんまりにも初心っぽいというかなんというか。俺と付き合いたての頃の葉よりも照れているものだから、笑いそうになってしまった。
でも。俺も、結構恥ずかしい。だって、人前で泣いたのなんて久々だったから。涙を護ることもできず、涙がつらい目に遭っていることに気づくこともできず。その悔しさに泣いて、そのなみだを涙に見られてしまった。だから恥ずかしい――けれど。
「ねえ、涙」
恥ずかしいものをさらけだしたからこそ、決意できたものがある。
今まで俺は、涙と仲良くなりたいって、だから涙が困っていたら助けてあげたいって、そう思っていた。それ故に、見られて恥ずかしいものを涙にわざわざ見せようとは思っていなかった。だって、そんなものを見せたところで、涙の中の俺のイメージが下がるだけだから。でも……違う。俺は、涙に笑って欲しいんだ。涙を護りたい。そう思うなら恥ずかしいとかダサいとかそんなことは置いておいて、必死にならなきゃいけない。
そもそも友達って、そういうものだと思う。
「……俺、かっこわるかったでしょ。桑野のことを殴ろうとしたし、涙の前で泣いちゃうし」
「そ、そんなこと……」
「……涙。俺、全然頼りないと思う。涙にもっとかっこ悪いところ見せると思う。……ねえ、涙。そんな俺だけどさ、ずっと、涙の側にいたいんだ。いさせて欲しいんだ。……涙。俺と、これからも友達でいてくれる?」
俺は、涙の本当の友達になりたかった。いつの間にここまで涙のことを好きになっていたのかは、わからない。でも、俺は涙のことを本気で好きで、だからこうして不格好な告白までして。自分でも臭いって思うくらいの素直な気持ちを、涙に伝えた。必死に伝えた。でも。
「……ゆう。やだよ。ゆうが、俺と一緒にいて辛い想いをするのは、嫌だよ」
「辛いなんてことない。俺は涙が泣いていることが、一番辛い」
「でも……でも……ゆうは、きらきらしていて、幸せになれるのに。俺と一緒にいるせいで、めんどうなことばっかり起きて……そんなの、俺、いやだ」
「――俺は……! 俺は涙にそんなことを言わせたいんじゃない! 自分のせいで、なんて言うなよ! 違う、俺は俺が一緒にいたくて涙と一緒にいるんだよ……!お願いだから、自分を否定すんなよ……!」
涙は、泣きながら、俺と一緒にいることを拒絶した。ぽろぽろとなみだを流しながら、拒絶した。
自分の存在を、卑下して生きてきた涙。周囲から酷いことを言われ続けた涙。涙は、優しいから――だから、「嫌いな自分」と誰かが一緒にいることを嫌がる。でも、涙がそんなことを考えているという事実が、俺は嫌だった。自分が自分を嫌うということは――この世で最も不幸なことだ。
「好きだよ――俺は、涙が好き。大好き。涙も、涙のことを好きになって、……お願い、涙。俺と一緒に、涙のことを好きになって」
辛くて。苦しそうな涙の表情を見ているのが、辛くて。俺は涙を掻き抱いて、絞りだすようにして言った。
「……っ、ゆう、」
びく、と涙が肩を震わせる。ああ、そうだ、涙は触れられることが苦手なんだ。それを思い出してしまったけれど、俺は涙から離れられなかった。抱きしめた涙のぬくもりが、あんまりにも愛おしくて。
でも。涙の手が、そっと。俺の背中に周る。
「……ふ、……うー……」
涙は、声をあげて泣きながら、俺に縋りついてきた。がくがくと手を震わせて。きっと、俺に触れることを体は拒絶しているのだろう。それなのに、こうして応えてくれたことが俺は本当に嬉しかった。
「ゆう、……」
「俺と、かんばろ。涙」
「うん……」
泣きじゃくる涙。やっぱり俺も、泣いてしまった。
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