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「……ゆうのお兄さん、体、どこか悪いの?」
ご飯を食べ終わって、また俺の部屋に戻る。母さんと、それから帰ってきた父さんと一緒にご飯を食べているときから、涙は俺の兄さんのことが気になっていたらしい。「入院」とかそういった話を俺と母さんがしていたからだろう。
正直俺は、兄さんの話を涙にあまりしたくなかった。……というのも。兄さんと涙は、似た病気だったから。涙は病院へ行ってなにか診断を受けたというわけではないけれど、症状を聞く限り確実にそういった類の病を抱えている。だから、まるで現実を突きつけるような気分になってしまって、俺は涙に兄さんの話をしたくなかった。
……でも。
ずっと、隠しているつもりはなかった。兄さんのことは、俺のなかの弱さにもなっているから。治るのかどうかもわからない、徐々に進行してゆく兄さんの病。それによって苦しんでいる家族。俺の中の辛い部分、それは涙には話すべきだと思ったのだ。
「……俺の兄さん、心に病を抱えているんだ。昔、いじめられて……それがきっかけで」
「え……」
「幻覚をみたり、幻聴をみたりするから、よく大声をあげている。自傷行為にはしることもある。理性がほとんど効かなくて、人前でエッチなものに興味を示す。難しいんだ。簡単には治らない病気だから、兄さんはずっとずっと、苦しんでいる」
涙は、俺の話を静かに聞いていた。俺は正直、涙がどんな反応をするのかと恐れていた。案の定……涙は、怯えたように俺を見つめている。
「……俺と、似ている」
「……うん」
「俺も、変なものが見えるし、変なものが聞こえるし……ときどき死にたくなるし。ゆうのお兄さんが病気なら、俺も病気なの?」
う、と言葉に詰まりそうになった。でも、ごまかしたりはしたくない。「違うよ」なんて嘘は言えない。幻聴や幻覚、色盲、それからパニック。性格の問題なんかでは片付けられない涙の症状は、間違いなく兄さんと同じそれである。
「……心に病があるっていうとちょっと良くないように思っちゃうと思うけど……それは、具合が悪いとか歩けないとか、そういった病気と同じだよ。病気にかかった部分が、心に影響のある臓器だったってだけだよ。涙ももしかしたら、そういった部位が病気になっちゃっているのかもしれない」
「……」
極力、言葉を選んで涙に言い聞かせた。俺だって、「あなたは精神病です」なんて言われたら傷つく。「あなたは頭がおかしい」と言われている錯覚に陥ってしまうから。でも、俺がいくら言葉を選んだとしても、辛い事実を聞いたことには変わりない。涙は、瞳に影を落として黙りこんでしまう。
どうすればいい。俺も上手く言葉をかけられなくて、そっと涙の手を握ることしかできなかった。そうすれば涙は、ちらりと潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
「……ゆうが俺と仲良くしてくれているのは、お兄さんと同じ病気だから? かわいそうって思ったの? それともお兄さんと俺を重ねたの?」
「――違う……!」
涙の発した言葉に、俺の心にぐっさりと穴が空いた。
涙は――他人を、信じられない。どんなに言葉で伝えようとも、虐げられてきた過去が涙の信じる気持ちを否定する。それが、俺は本当に辛かった。その呪縛から解放されないかぎり、涙は幸せにはなれないのだから。
「涙と兄さんは、違う人だ。俺が涙と仲良くなりたかったのは、兄さんのこととは全然関係ないよ。俺は本当に、涙に、惹かれていただけなんだ」
「……俺なんかの、どこに。ゆうの周りには、きらきらした人がいっぱいいるのに」
「俺には涙がすごくきらきらして見えた」
涙を幸せにするには? 涙に俺を信じてもらうには?
涙になんとか俺の気持ちをわかってほしい。俺の気持ちを通じてでいいから、自分自身の輝きに気づいて欲しい。
「気づけば、目を奪われていた。一緒にいて、すごく楽しかった。涙の全部が、可愛いって思った」
「――ゆ、」
俺は必死だった。止めどなくあふれだす想いをせき止めることができなかった。理性も、利かなかった。
気づいた時には、涙を押し倒していた。
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