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「……、」  急いで部屋に戻る。距離なんてほとんどないのに、やたらと息がきれた。  違う。絶対に違う。そんなこと、絶対に、ありえない。  最悪の予想が、頭の中でぐるぐると周る。そして、扉のドアノブに手をかけたところで――…… 「いや、……!」  葉の、くぐもった悲鳴が聞こえた。  ゾワ、と身の毛がよだつ。ちらりと隣の部屋、そう、兄さんの部屋を見れば……扉が空いている。 「葉!」  意を決して、扉を開けた。 「……、」 ――そこには、信じたくない景色があった。 「……、な、にしてんの、……兄さん」  葉にまたがり、服を脱がしている、男。手で口を塞がれ、涙を流す、葉。目をぎらぎらとさせて――こちらを、みる、男……いや、兄さん。 「葉ちゃん、可愛いね、裕志」 「……離れろ」 「? なんで怒ってるの?」 「葉から離れろ!」  兄さん? なんで? なんだよこいつ、本当に人か? 気持ち悪い、何してんだよ  衝動的に、俺は兄さんに殴りかかった。けれど。兄さんは、俺よりも歳上で、体も大きくて。俺よりも、ずっと力が強い。  俺が怒ったからか、パニックになった兄さんは、大声をあげだした。目の焦点が合わなくなり、唾を撒き散らし、俺を思い切り突き飛ばすと―― 「あああああ!! 裕志が怒った!! 怖い! ああああああああああああ」  机に置いてあった、ハサミを手にとる。突き飛ばされた衝撃で動けなかった俺に向かって――それを、 「――……ッ」  振り下ろした。  痛み、とか。それは感じなかった。ような気がする。  がくりと体から力が抜けて、何が起こったのかと視線を落とせば、俺の腹にぶっすりと刺さる、ハサミ。どくどくと生温い液体が下半身を伝って、床に広がっていく。血だ、俺の腹から、血が、でている。刺されたのか、俺は? 「――ゆうくん……!」  ぐわんぐわんと視界が回って、吐き気がする。手先が震えて、感覚が無くなってゆく。響いた声は、……葉のもの。  動けない。体が動かない。床に伏したまま、動けない。そんな、俺の目の前で。兄さんは、再び葉に覆いかぶさった。 「……」  兄さん背中で、葉の姿が、見えない。でも、低い声で唸る葉の声、剥がされる下着、それで、今、葉が何をされているのかくらい、わかった。今すぐに助けたいのに、体が動かなくてそれが叶わない。 「やめ……、やめろ、……」  掠れる、情けない声を出すことしか、できない。 「おねがい、だから……」  甲高い、金切り声。聞いたこともない、葉の叫び。葉は、誰かに素肌を触られたことなどないというのに、俺だって葉のことを大切にしてきたのに、兄さんに体を嬲られて、耳を劈くような悲鳴をあげている。「いたい、いたい」葉の泣き声が聞こえてきて、俺は、泣いた。兄さんが葉に覆いかぶさって腰を振る姿は、動物のようだった。

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