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「……葉、」  葉に会うことになったのは、クリスマス・イブの日。本当はもっと、素敵なクリスマスにしたかった。可愛いプレゼントをあげて葉を喜ばせてあげたかった。けれど……今の俺に、そんなことはできそうにもない。自分を犯した男の弟である俺を、葉は一体どんな目でみてくるのだろう。  俺が、罪を償うべきなんだ。兄さんのこと……なかなか許せそうにないけれど、でも俺は兄さんの弟だ。兄さんが傷つけた人のことは、俺が責任をとらないと。……そう思うけれど、でも。やっぱり兄さんのしたことはあまりにも残酷だ。庇いたくもなくなるくらい。  ……正直、俺は葉に会うのが怖かった。 「葉……まだ、来てない……?」  待ち合わせをしたのは、人通りの少ない街の隅っこ。ビルがいくつか建っているけれど、あまり明るくもない。積もった雪に街頭が反射しているから、いつもよりは明るいかもしれない。 「……!」  ふと、ポケットにいれていたケータイが震える。開いてみれば、葉からの着信だった。どくん、と胸が嫌な感じに高鳴るけれど、ごくりと唾を飲み込んで電話に出た。 「……もしもし」 『ゆうくん? 久しぶり』 「……久しぶり」  受話器の向こうの声は、どこか、仄暗い。強い風の音が混じっていて、聞こえづらい。けれど。なぜかやたらと鮮明に聞こえる、葉の声。 『あのね、言いたいことがあって』 「……言いたいこと?」  息があがってゆく。一体葉はどこから電話をしているんだ。なんでわざわざ電話なんてしてくるんだ。  入院した葉は、時折発狂していたという。そんな葉がやたらと落ち着いた声で話しているのが、逆に怖かった。あまりにも、危うかった。 『私の夢、ゆうくんのお嫁さんになることだったの』 「……うん」 『もう、無理なの。私、ゆうくんのお嫁さんになれない』 「待っ……俺、葉のこと好きだよ……これからも支えていくから、葉……!」 『ありがとね、ゆうくん。今まで、幸せだったよ』 「え……」  止めなければ。  衝動的に、そう思った。何を止めるのか、なんて知らない。でも――今すぐに、彼女のもとへ行かなければ――そう思ったのだ。  でも。 「あ――」  目の前に、何かが落ちてきた。ものすごい勢いで。ハッと目を凝らした瞬間に、スローモーションになる景色。瞳がとらえたのは――悍ましいもの。入り込む映像は、脳が激しい拒絶を示す。 「――……」  すさまじい、音がした。吐き気を催すような、生々しい音。重い肉の塊が地面にたたきつけられた音。骨が砕け散る音。血が飛び散る、水っぽい音。  俺の目の前に落ちてきたのは――人間だった。 「う、……」  白銀の雪の絨毯の上に、散らばる内臓、広がる血液。おかしな方向に折れ曲がる肢体。吐き気を催すような凄惨な死体が、目の前に。きっといつもの俺ならすぐさま目をそむけて逃げ出すのに、目が離せなかったのは――ひとつの確信があったから。  ガタガタと震える脚を屈めていき、しゃがみこむ。死体の髪の毛は、肩くらいの長さ。肌の色は白く、腕が細い。中学生くらいの、女の子。  見るな、見るな。この死体の正体を知っては、いけない。  俺の理性が必死に制止をかけているのに、手は止まらない。ゆっくり、ゆっくりとその頭に触れ、そして。少し、顔を、傾ける。 「……――」  すう、と意識が遠のいてゆくのがわかった。視界が白に染まっていき、体から力が抜けてゆく。くらりと廻る世界のなかで、白い雪が舞っている。  メリークリスマス。その言葉を伝えたかった人は、俺の目の前で肉塊へと姿を変えてしまっていた。

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