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「あ、あけましておめでとう……ゆう」
冬休みの開けた、始業式の日。涙が俺の家までやってきた。あいも変わらず嘔吐を繰り返す俺は、その日、学校を休んだ。涙は学校で配られたプリントを持ってきてくれたらしい。母さんが涙を俺の部屋の前まで案内して連れて来てくれた。
「……体、大丈夫?」
「……大丈夫、ではないかな」
「……あの、側までいっていい?」
「……いいよ」
涙は持ってきたプリントを俺の机の上に置くと、とことこと俺の寝ているベッドまで近づいてくる。自信なさげな表情が、いじらしい。自分からはなかなか俺に近づいてこない涙は、たぶん今、勇気を振り絞ってきているんだと思う。
「……えっと、……いろいろ、辛いと、思うけど……俺、ゆうの力になりたいな、って……思うから、……」
「……涙」
涙はどこまで知っているのだろう。クラスメートはどこまで知らされたのか。「春原裕志の恋人が亡くなった」程度にはみんな知っているのかもしれない。人によっては「葉は自殺した」というところまで知っているかもしれないけれど、たぶん涙はそこまで知らない。
涙は、俺を励ましたかったんだと思う。布団のなかにそっと手を入れてきて、顔を真っ赤にしながら俺の手を握ってきた。あんまり触れたがらないのに。がんばって、ぎゅっと握りしめてくれた。
「……」
目をとじる。刹那、心の中にぽかりと浮き出てきたモヤから目を逸らしたくて。
涙も、程度は違えど兄さんと同じ病気を持っている。それを思うと、ぞわぞわと胸の中に不快感が生まれ出てきた。
涙は、あんなことをしない。そうわかっているのに。それなのに、俺の中にもう一人の俺がいるように、無意識的に強烈に涙を嫌悪している。
「涙、……ごめん」
「ゆっ……」
怖かった。
自分が自分でなくなってしまう。大切な友人を、嫌ってしまう。それが怖かった。
いつか訪れる、「大切な友達の涙」との別れを惜しむように――俺は、涙を掻き抱いた。
「ゆう……だいじょうぶ、……俺、側にいるからね」
「……うん、……」
涙が俺を抱きしめ返してきた。気づけば溢れだすなみだが、涙の胸を濡らす。嗚咽をあげる俺の背を、涙は優しくなでてくれた。
大好きなのに。涙のこと、大好きなのに。大切な大切な、友達なのに。真っ青な空の下を二人で歩いたあの日とか、夕日を浴びて切なげな瞳で俺を見てくる涙とか……今までの想いでが、音を立てて崩れてゆく。少しずつ壊れてゆく、俺の中の涙への想い。自分が狂ってゆく、それを犇々と、感じている。
失いたくない。大切な日々を、失いたくない。でも、もう、俺は――
「涙……覚えていて、」
「え……?」
「何があっても、俺は……涙のこと、大好きだから……」
俺は……
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