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 校門から出れば、俺達は反対方向に歩かなくちゃいけない。もう少しで、涙とお別れ。霞みゆく自分の心に怯えて、俺は涙とのお別れに寂しさを感じていた。会話をして、視線をかわして、お別れして。これを繰り返せば繰り返すほどに、俺は壊れてゆくような気がしたから。涙との日常を重ねるほどに、何かを失ってゆく。 「あ――」 「どうしたの、涙」 「え、えっと……」  校門まで近づいたとき、涙が俺の背中にすっと隠れてしまった。どうしたのだろうと思えば、男子グループがこちらへやってくる。制服の着こなしからして、俺たちと同じ新入生だろうか。特に怖そうな奴らというわけでもなく、普通に楽しそうに会話をしながら歩いている。 「……く、クラスの人……」 「……挨拶すれば?」 「むっ……無理……! あいつ、俺、苦手」 「あいつ?」  まあ、涙は人との交流が苦手だし。中途半端な知り合いがすごく嫌なんだと思う。そう思いながら涙の視線をたどっていけば……初々しい男子グループのなかで、一際目立つ明るい髪の色をした背の高い奴。 「怖い人なの?」 「し、知らないけど……と、藤堂くんは……なんか、その……なんか、無理」 「まあ、見た目がなあ……」  ああ、と俺は納得した。「藤堂くん」とやらは、中学の時に涙をいじめていた奴らの容姿にそっくりだ。顔は「藤堂くん」のほうが賢そうで若干かっこいいけど、髪型とか身に着けているものとかがチャラついているあたりが。中身は俺も知らないけれど、涙が苦手だというのはごく当然のことのように思えた。  「藤堂くん」グループは、俺たちを特に気にする様子もなく、俺たちの前を通りすぎてゆく。俺の後ろにクラスメートである涙がいることは、たぶん気づいていない。まるで全くの他人のように――「藤堂くん」たちは、涙の前から消えていった。  たぶん、涙が「藤堂くん」と深く関わることはないと思う。クラスメートとして、当たり障りなく関わっていくくらいだろう。だから俺も、彼らとすれ違ったことなんて、そんなに気にしなかった。 「もう、あの人たちも行ったよ。俺達も、帰ろうか」  涙が怖がるクラスメートたちもいなくなったところで、とうとう今日のお別れ。カウント、1。きっと明日、明後日、と一日一日と過ごしてゆくたびに、君への殺意が増してゆくだろう。俺は俺でなくなるだろう。  憎たらしいくらいに遠く高くに広がる青空を、桜の花びらが飾っている。君のなかで、この景色はどう映っているのだろうか。俺はどう見えているのだろうか。 「ゆ、ゆう……!」  校門を出て、涙に背を向けようとしたところで。涙が、絞りだすように叫ぶ。 「こ、……高校でも……と、……と、友だちでいて、……ね……!」 「……ッ」  頷いた瞬間に、鼻の奥がツンと傷んだ。「もちろん」、その言葉は震え、涙に届いたのかはわからない。でも俺は、歩き出した。見られるわけにはいかなかったのだ。目尻から伝った、熱い雫を。  青空と桜の花びらが混じってゆく。歪み、溶けゆき、一つの色に。涙が枯れるころには、俺も同じように溶けている。俺のなかに眠る君への愛情は、殺意のなかに沈み死んでゆくだろう。

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