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まだ、登校してくる生徒もいる時間。走る俺を、すれ違う奴らが不思議そうな目で見てくる。もう、学校とかどうでもいい。世間体なんて知らない。親になにを言われようが、興味ない。
階段にさしかかり、それでも俺はスピードを緩めなかった。周りも見ず、足下だけを見て、一気に降りようとした。……それが、悪かった。
階段を昇ってきた生徒に、ぶつかってしまったのだ。
「……ッ」
やばい、と思った。俺は咄嗟にぶつかった人を抱き寄せて、受け身をとる。勢いのまま俺たちは足を踏み外し、ごろごろと階段を転がり落ちてしまった。幸い頭を打つこともなく、ぶつかった場所がそんなに高いところではなかったから、大きな怪我をすることはなかった。
「す、すみません……あ、」
一番下まで落ちて、俺はぶつかった人に多い被さるような体勢で横になっていた。そっとその人を解放して、体を起こして、その顔を見て……俺は、ぐ、と息をのむ。
「……ゆう」
……俺がぶつかったのは、涙だった。咄嗟に抱き寄せ、守った相手は涙だったのだ。
俺は慌てて飛び退いて、すぐさま逃げようとした。涙に怪我をさせた時以来、会っていない。今の俺にとって、一番怖い人。彼に、こんなに惨めな姿を見られたくない。哀れみの目で、見られたくない。
涙に何かを言われる前に逃げようと、立ち上がろうとする。しかし、その瞬間に目が合ってしまった。
全身が、恐怖でふるえる。
「よ、よかった……ゆうが、元気そうで……」
「……っ、な、」
涙は、俺をみるなりほっと安心したような顔をした。
……は?
なんで、涙はそんな顔をしている? 社交辞令とか、そんな作った表情には見えない、そうだ、俺にはわかる――涙のその顔は、本当に嬉しい時の顔。散々ひどいことをした俺に、なんで涙はそんな顔をしているのだろう。
「あ、あの……ありがと、……体、痛いところ、ない?」
「……いや、ぶつかったのは、俺、だし……」
息が詰まる。苦しい。
立ち上がり、心配そうな顔をして近づいてくる涙。こいつが、何を考えているのかわからない。まさか、自分を陥れようとした相手を全く憎まないほどに、バカだとでも? ……いや、涙に限ってそれはない。涙は、攻撃的ではなくても負の感情は人一倍抱きやすい性格だ。少なくとも、俺を好意的に思っていることなんて、もうないはず。
考えても考えても、わからない。涙のことが、わからない。
「あっ……ゆう、待って……!」
俺は、涙を突き飛ばすと駆けだした。混乱しすぎて……なみだが、あふれてきた。
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