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 ゆうの家に最後に行ったのは、あの、レイプされかけた日。それを思い出すと全身から冷や汗がでてきて、パニックを起こしそうになる。  ゆうへの複雑な気持ち。いっそ嫌いになれたらと思うのに、なれない。そんないろんなものがごちゃごちゃと絡み合って、俺はなかなかゆうの家に行けずにいた。  でも、そうしていたらいつまでも進めないような気がしたから。とりあえあず、心の整理をしようと……俺は、学校がおわってから自分の家に帰る。たしか、家に、ゆうと一緒に撮った写真とか、いろんなものがあったはず。俺がゆうに何を話したいのか、ゆうとどうなりたいのか……そういった想いを決めるために、ゆうとの思い出を振り返ってみたいと思った。 「あっ……」  玄関の扉を開けた瞬間。俺の脚が、すくんだ。  玄関に……真っ赤な、ハイヒール。あの人が、帰ってきている。 「……」  この時間だ、あの人がいるのもおかしな話ではない。  おそるおそる、中に入ってゆく。会話なんて、相変わらずほとんど交わしていない。こうして部屋で二人きりになるのなんて……どうしたらいいのか、わからない。 「え……」  少し入ったところで、血の気が引いた。血が、点々と床に垂っていたのだ。開け放たれたトイレの扉、ちらりとみれば血の飛び散った便器。血の痕を視線でたどっていけば……居間につながっている。  ……刺されたとか、自傷した、というわけではなさそう。おそらく、トイレで血を吐いて、そのまま居間へ行った……というところ。彼女の死が頭をよぎった途端、急に恐ろしくなって、俺は慌てて居間に飛び込んだ。 「……、……、」  彼女をなんて呼べばいいのかわからなくて、俺は言葉に詰まる。でも、彼女に声をかけたかった。返事をして欲しかった。  ……彼女は、居間で横になっていた。頭のそばに、コップが置いてある。そして……耳をたててみれば、すーすーと寝息が聞こえてきた。 「……無事、」  とりあえず、無事……のようだ。  ほっとため息をつきながら、俺は足音を立てないようにして、机に近づいてゆく。机に乗っている、たくさんの薬。薬の説明書きを見てみれば、抗うつ剤とか睡眠薬、その他体の不調に効くらしい薬と、ピル。  ……この、吐血はもしかして、ストレスによるもの?   考えてみれば、当然で。あんな酷い仕事を続けていたら、体がボロボロになるのは、あたりまえ。  この人は……こうなってまで。お金を稼がなくちゃいけないのか。……俺のために。俺のせいで、この人はこんな風に……。 「ん……涙、……?」 「えっ……」  彼女のあまりにも酷い状態に、思考が停止してしまう。薬を見つめて固まる俺に……声をかけてくる人。  目を覚ました、彼女。 「……帰っていたのね。……おかえり、涙」 「……血、吐いたの」 「ああ……ごめんね、部屋、よごしちゃった」 「……そ、そうじゃなくて……なんで、そんなところで寝てんの……」  俺を見つめる彼女の顔色は、真っ青。声も掠れていて聞き取りづらい。  俺はむしゃくしゃとして、彼女に背を向けてスマートフォンを取り出した。焦って、119に電話をかけようとする。なんで救急車を呼ばなかったんだ。なんで。そのまま、死んでいまう可能性だってあるというのに……! 「待って、涙……!」 「……、はあ!? 何を待てっていうの……!?」 「だめ……これから、仕事、あるの……」 「……、そんな状態で仕事……!? 何を考えているの!? ……っ、ば、ばかじゃないの、アンタ!」  ……こんなことを言いたいわけじゃない。でも、勝手に口が、彼女に罵声を浴びせてしまう。ちがう、俺は……俺は、彼女が死んでしまうのが怖くて。でも、長年恨み続けていた彼女への接し方がわからなくて。  なみだがあふれてくる。なんで、俺って、こうなんだろう。少し変われたと思ったのに、なにも変われていない。 「……とにかく、病院行ってよ……死んだら、仕事もできないんでしょ」  ぐったりとする彼女をよそに、救急車を呼ぶ。 「待って……まって、涙……」  仕事なんて、むしろしないで欲しい。あんな、自分を殺すような、仕事なら。  そんな言葉すらも言えず、俺は彼女に背を向ける。 「……、」  ゆうのところへ行きたい。けれど、そうするには俺は自分のことすらも解決できていなかった。  俺のすぐ後ろで、苦しそうに息をしている彼女。彼女がもしも元気になったら、俺は彼女の目をみることができるようになるのだろうか。

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