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浴室は、狭くてちょっとカビ臭い。掃除しても掃除しても、どうしようもないよごれがあるから、はっきりいって綺麗なお風呂とは言えない。電球のガラスが古くなっていて黄ばんでいるから、明るさもほとんどない。 そんな、陰鬱とさせる薄暗い脱衣所に立つ、ゆうの背中。青白い肌も手伝って、妙に色っぽく感じた。……この色っぽいというのは、良い意味で感じたわけではない。この歳の少年が漂わせるのには似つかわしくない、底知れぬ闇を彼の中に見いだしてしまったのである。 「……涙。俺のシャツ、脱がせてくれる?」 「……自分で脱いで」 「……」 ちら、と振り返った、ゆう。 カーディガンまでは自分で脱いだけれど、そこから先を脱ごうとしない。俺に脱がさせることになんの意味があるのかと、俺はその不信感をうっかり声色に出してしまった。 「……俺、人に裸を見せたことがないんだよね」 「……そういえば、見たことないかも」 「……見せられなかったんだ」 ふとゆうの言葉を聞いて、俺は過去を辿ってみる。 ゆうは、プールに入ろうとしなかった。体育の時間、ほかの男子たちが堂々と教室で上半身裸になって着替えをしていようと、ゆうは自分の肌を見せないようにして着替えていた。 ……そして、あの日、俺を抱こうとしたときも。服は脱ごうとしなかった。 「……君に、見て欲しい」 「ゆう、」 「……お願い」 そっと俺の手をとったゆうの手が、がたがたと震えている。 シャツの下に、彼の一番やわらかいもの。 目で見ることはできなかったけれど、触れたことはある。あのとき、俺がゆうに抱かれそうになったとき、ふいに触ってしまった彼の腰に。傷があったのを、俺は思い出した。 ゆうが見られたくないもの。それは、あの傷で間違いないと思う。 そんなにも震えて、それでも俺に見て欲しい。そんなゆうの強くて弱い叫びを、俺は無視できなかった。 「……力、抜いて。ゆう」 そっと、第一ボタンを外す。 彼の弱さに、少しずつ触れてゆく。 「……葉が、俺の兄さんにレイプされたとき。その現場に出くわした俺は、……兄さんに、刺された」 「……体にあるのは、その傷?」 「……うん。俺が、」 ひとつ、ひとつ。 指先で、ゆうのシャツを留めるものを、外す。 はら、と少しずつ現れてくるゆうの肌、薄暗い光に照らされて白くぼんやりと発光する。 幽かなゆうの息づかい、つう、と肌を伝う汗。妙に艶めかしい緊張が、俺の肌を包んでいる。ゆうの呼吸に併せて、俺の汗腺から僅か熱が顔を出している。 はらりはらりとシャツがはだけていって。垣間見えたそのキズ。見えた瞬間に、内臓が縮むような、そんな寒気を覚えた。直視するには悲しすぎるそのキズに、俺は触れる勇気がなくて。それでも、助けてと俺に縋るゆうの瞳を裏切れなくて。 するり、ゆうの肩からシャツを剥ぎ取った。 「――俺が、壊れたきっかけ」 白い肌。そこに、痛々しく映えるのは、親指ほどのキズと、それから――大量の引っ掻き痕。おびただしい数の引っ掻き傷はかさぶたになっていたり膿ができていたり。これは、明らかに昔にできたものではない。今……いや、ずっと長い間、この刺された痕を引っ掻き続けてできたものだ。 「……っ、」 「……びっくりしてる? 気持ち悪い?」 「……いや、」 正直、直視できるものではない。見た瞬間、ガンと頭を打たれたような衝撃を覚えた。それにこのキズがゆうを狂わせて、俺を貶めたのだと思うと、恐怖すらも覚える。 しかし、俺がそのキズを見てなによりも思ったのは……なぜ、俺はコレに気付けなかったのかということだ。ずっとずっと、こうして自分の狂気を押し込めていたゆう。そう、ゆうと俺が一緒にいた頃から。俺がゆうのことを大好きだった頃から。 俺は、ゆうのことが大好きだったのに……こんなに苦しんでいる彼に、気付けなかった。 俺はそれがショックだった。 「……ゆう、……ごめんね。俺、……ゆうがこんなに辛かったのに、何も気付けなかった」 「……隠してたからね。君に、本当の俺を見せたくなくて」 でも、ゆうがこのキズを見せてくれた。何よりも彼を苦しめていた、自分の内に潜む狂気を、俺に晒してくれた。 そう、初めて、ゆうは他人にキズを見せたのだ。自分のなかだけで暴れていた狂気を、今――こうして外に出した。 「ゆう――」 ゆうを救えるのは、今。 キズを見ることのできる、今だけ。 「……っ」 どくん、と心臓が震える。彼の深層に触れて、心の未熟な俺が耐えうるだろうか。そんな恐怖が俺の動きを制止する。 けれど。 俺はそっと、ゆうを抱きしめる。 「……ぜんぶ、脱いで。ゆう。体、洗ってあげる」 記憶のなかの、笑顔のゆう。俺の友達だったゆう。彼ともう一度会いたいその一心が。俺の心を突き動かした。

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