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生徒会が終わる、夕方。今の時間に家に帰れば、確実に、あの人がいるだろう。今から電車に乗って、まっすぐに帰れば……あの人と、会える。  俺は一人、駅に向かって歩きながら、ぐるぐると色々なことを考えていた。  あの人が幼い俺に優しくしてくれていたときのこと、あの人の職業がクラスメートにばれていじめられ始めたときのこと、あの人を憎んで避けるようになったときのこと……自分のことでいっぱいいっぱいで、あの人がどんな人なのか、まっすぐに見ようとはしてこなかった。けれど今の俺は……このままではいけないと、そう感じている。あの人のことはよくわからないけれど、知りたいと思っている。  駅の構内にはいって、改札へ向かう。電車に乗ってしまえば、あとは家まで運ばれて……あの人のもとへ、行くだけ。改札を通っていく人の波に混ざって、ホームへ向かえば……いい。  けれど。 「……、」  俺は、立ち止まってしまった。  改札に吸い込まれていく人混みに、飛び込んでいけなかった。あの波に乗ってしまったらーー逃げられない。そう、逃げられない。  突然、脚が震え出す。そして、無意識に改札に背を向けて、どこかへ歩いていた。 (あれ……俺、どこへ……)  ずっとずっと、避けてきた人。目も合わせてこなかった人。俺の白黒の世界の、鍵。  あの人と会うことが、今までの俺の人生を全て否定することのような気がした。あの人が全て悪いわけじゃない、それを感じ取ってはいる、のに。あの人が俺の人生をねじまげたことは紛れもない事実だったから、ここでそのめちゃくちゃになった人生の原因と向き合うことが、怖かった。世界が一転することへ、恐怖を感じた。 「あ……」  気付けば俺が向かっていたのは。駅の近くにある、本屋。そう――まだ結生と付き合っていなかったころ、結生が俺を見つけた本屋だ。 「……、」  無意識に、また、ここへ逃げてきてしまった。 ――何も、変わっていないじゃないか。  俺は目の前が真っ暗になって、ふらふらと、路地裏に逃げ込んだ。具合が悪くなって、座り込む。 「う、……」  ああ、もう、俺は。  昔と同じ場所へ逃げてしまったことに、ショックを受けた。一気に自分への嫌悪感が募ってきて、なみだが溢れてくる。  どうすればいいのだろう。こんなところでうずくまってどうになるというのか。また、あの人が家をでるまで、外で時間を潰そうとでもいうのか。  そっと、ポケットからスマートフォンを取り出す。結生の番号を出して……画面をタップしようとした手を、止める。  ……いつも、結生に頼ってばかり。また、結生のところへ、逃げるの?   どうしたらいいのか、わからない。また立ち上がって、改札へ向かうのが正解なのはわかっているけれど、脚が動かない。結局俺は、何も変わっていない。  またふりだしへ戻ってしまったような気がして、全ての気力を失ってしまった。手に握りしめた、スマートフォンだけが、熱を持つ。 「――涙」  ……うつむいて、唇をかみしめて。そうしていると、幻聴が聞こえてきた。また……また、幻聴なんて聞いてしまうのか。今、一番甘えたい人の、幻聴を…… 「涙、おい、涙! 大丈夫か!」 「え……?」  幻聴にしては、質量のある声だった。  まさか、そう思って顔をあげれば――そこには。 「こんなところで何をしてるんだよ、涙」  結生が、びっくりしたような顔をして、立っていた。

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