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「……結生、……? なんで……?」  震えてしまった俺の声を聞いて、結生がくしゃっと困ったように笑う。そんな結生の笑顔に俺の胸がじんと痛み、いけないと思っているのになみだが溢れてきた。  結生はしゃがみ込んで、俺によりそってくる。そして、頭をよしよしと撫でてきた。  大きな手のひらの暖かさが、余計に俺のなみだをつくってしまう。結生がそばにいてくれる安心感とか、自分への嫌悪とか、情けなさとか。色んな想いがぐちゃぐちゃにまざって、俺はもう声をあげながら泣いてしまった。 「たまたま、通りかかったんだよ。よかった、見つけられて。ここにずっといたら、寒いだろ?」 「……、」  結生は、俺に何も聞かない。「どうしてこんなところにいるの?」とか、「なんで俺と一緒に帰らなかったの?」とか。聞きたいことはいっぱいあるはずなのに、聞いてこなかった。  ……結生なりの、優しさなのだろうか。俺がこうなっているときはいっぱいいっぱいになってしまっているときだと、わかっているから、敢えて聞かない。そうなんだろう――そう思った、けれど。  違っていた。 「……ついていこうか。俺も」 「……え?」 「お母さんに会う、勇気がでなかったんだろ? 強がらなくたっていいんだよ。少しずつでいいんだから、俺のこと頼りながらさ、前に行こう?」 「……、」  結生は、わかっていたのだ。俺が、こんなところでうずくまっている理由を。  きっと、昔の俺のことを思い出している。俺が、あの人のいる時間には帰りたくないからと、本屋で寄り道をしていたことを。だから、今もほとんど同じ場所でこうして時間を潰している俺を見て、結生は悟ったのだ。俺が、あの人のいる時間に帰ろうとしたけれど、途中でその勇気を喪失してしまったのだと。  察してくれたことに、俺は嬉しさを感じた――けれど、それと同時に、自分が嫌になった。同い年の結生がこんなにも大人で、自分だって辛いはずなのに俺のことを支えてくれる。それなのに、俺は。  俺は、昔、立っていた場所から、一歩も動けていない。こうして町の片隅で、現実から目を背けている。 「結生は、呆れてないの? 俺は、もう、自分が嫌で仕方ない」 「……嫌?」 「だって。こんなに結生に色々してもらっているのに、何も変わってない。結生に、迷惑かけてばっかりだ。結生だってうんざりしてこないのか、こんなにうじうじして、結生の優しさに何も応えられない俺が――」  思わず、語気を荒げてしまう。誰に対してでもない、行き場のない苛立ちが、口からこぼれていった。  言ってしまったあとに、やっぱり――自分を嫌悪した。自分の感情を制御できない――ほら、また……俺は何も変わっていない。  今まで結生と過ごしてきた時間が、結生にとって大きな損失だったのではないかと、そんなことを考え始めてしまう。どんなに結生が優しくしてくれても、結生を辛い目にあわせることしかできない俺は……  むしゃくしゃして、言葉に詰まって、また、下を向く。もう、結生にこの場から去っていって欲しい、俺を見捨てて欲しい……そんなことを考えた。でも。結生はため息をつくと、俺の肩を抱き寄せて。手を握ってきた。 「変わったよ、涙は」 「どこが……!」 「この電話で、誰を呼ぼうとしたの」 「えっ……」  結生が握る俺の手の中に、スマートフォン。俺が結生の番号を開いては、すぐに画面を消したスマートフォンがある。 「……昔の涙、誰かに頼ろうとした? 俺に甘えてくれていた?」 「……、結生、」 「涙が人を頼れるようになったのって、すごいことだと思うよ。それくらいに俺を信じてくれるようになったのって、昔よりもずっと前に進んでいると思うよ。涙は焦ってるんだよ。気付いてない。自分がどんなに変わったのか、気付いていないんだ。大丈夫、涙は本当に、強くなってきているから」  ……結生の言葉は、すぐには理解できなかった。「人を頼ること」「人に甘えること」が前進だなんて、微塵も思っていなかったからだ。でも――ふと考えて、結生の言葉の意味を知る。「俺にとっては」それは、紛れもない前進なのだ。他人の目に怯えて、人に触れられることを拒んで、誰のことも信じようとしなかった俺にとっては――結生を信じていること、それは大きすぎる成長だ。それに気付いた瞬間、俺はぶわっと何かがこみ上げてくるような感覚を覚えて、今度は熱いなみだが流れてくる。 「涙、ほら、思いっきり俺に甘えてこいよ! な!」  暗く、色のない世界を生きていた俺が。ほんの少し、光と色の差した世界に立っている。人の肌の暖かさを知っている。自分以外の人間の、心臓の鼓動を聞いたことがある。  ああ、俺は。昔とは全然違う世界を、生きている。  仰々しく腕を広げた結生の胸に、飛び込んで。結生に抱きついて。俺は、過去の俺に向かって言う。「おまえに、こんなことはできないだろう」と。「こんなことができる俺が、うらやましいだろう」と。「おまえは、いつか、こうなれるよ」と。  優しく抱きしめ返してきた結生を見上げて、俺はいっそあざといんじゃないかというくらいになみだを流して。震えそうになる声を一度飲み込んで、落ち着けて、ゆっくりともう一度。 「……結生。ついてきて。俺の家に、ついてきて」

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