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第十九章 大きくなった君の背中に。
――季節は、冬。夏もいいが、冬も悪くない。夜空にはオリオン座が見えるし、冬独特のしんとした雰囲気は結構気に入っている。
俺の住む実家から東京の学校にいくまでに、雪景色は失われてゆく。東京は、あまり雪が降らないからつまらない。交通の便が悪くなるのは勘弁だが、窓を覗けばちらりちらりと雪が降っている光景がある、というのはなかなかに趣があると思う。
そんな、冬。雪の積もっていない東京へ下りて、そして学校へ。その日一番に出会ったのは、春原だった。
「おう、春原」
「あ、……おはよう、藤堂」
春原。少し前まで精神的に落ち着かないようだったが、最近になってようやく日常を取り戻しつつある。いつも子犬のように彼の後ろをついてまわっている逢見谷との関係もどうやら良好になってきたようで、前まではおかしな関係だと思っていた二人は、普通の仲の良い先輩と後輩のようになっていた。
「藤堂、きいてる? 涙のお母さん、だいぶ借金減ったって」
「ああ、なんか……不正に? お金? とられてた? とか聞いてはいたけど……」
「涙のお母さんの職業が職業だからねえ。知らずにそういうところに関わっちゃっていたんだろうね。上手くいくことはなかなかないけど、運良く今回は、きちんと法的な手段を取れたわけだ」
「……はあ、よくわかんねえなあ」
「藤堂も変なところからお金借りちゃだめだよ」
自分に余裕ができたらしい春原は、いつの間にか涙の手助けをするようになっていた。涙のお母さんの借金について、色々と相談にのってくれていたらしい。俺は馬鹿だからその辺はよくわからないけれど、随分と涙のお母さんの生活に余裕がでてきたとかなんとか。
そんなこともあってか、俺もだいぶ春原に対する印象が変わっていた。春原は昔色々とあったようで、以前は精神的に参っていたそうだから……今の春原が、もしかしたら本来の春原なのかもしれない。意外と嫌味なヤツでもないし、物腰柔らかで話しやすい。
「ところで、藤堂は進路、どうするの? そろそろ3年のクラス決める紙、出さないと」
「俺? 俺は……このままエスカレーターかなあ。そっちのクラスいくわ」
「ふうん。じゃあ、俺とは別のクラスか」
「春原は?」
「俺は国立理系クラス」
「へえ、すげえなあ」
そんな春原は、ここのところ勉強しっぱなしのようだ。さらっとしか聞いたことはないが、医学系の大学に行きたいらしい。俺には遠い話だから、漠然と応援することしかできないのだが。
そうだ、この時期になってくると、進路の話なんていうのがでてくる。正直俺は、バリバリ勉強したいタチでもなく、進学校の学生という意識も低い。なので、こんな時期から進路の話をされると正直辟易としてしまうが、まあ、そんな波にのって一応自分の進路について考えてしまうわけで。このままエスカレーターしてしまえば、それなりの知名度の大学にはいることはできる。……のはいい。
「藤堂は、知ってる? 涙が進路どうするか」
「……いや」
……問題は、涙。こんなこと言っては甘いことを言ってるんじゃないと思われそうだが、俺はできるだけ大学に行っても涙と離れたくない。むしろ、涙に合わせて大学に行きたい。ので、涙の進路を知りたいのだが……
「そもそも、進学するの? 就職もありえるよね?」
「知らない。まだ考え中って言って教えてくれねえんだもん」
「藤堂にも教えてくれないんだ?」
「うーん……」
……涙は、自分の進路を俺に教えようとしない。本当に決まっていない可能性もあるだろうけれど、もう、クラス分けのためにある程度の進路を担任に伝えなくてはいけない。それくらいの情報は、俺にくれてもいいような気がするが……
高校生にとって、進路って、すごく、大きい。
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