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「――涙! おまえどこの大学行く気!? ハーバード大学!?」
「は?」
昼休みの終わり、生徒会室から帰ってきた涙に俺は飛びついた。一緒に隣を歩いていた春原が、涙と一緒に「は?」という顔を俺に向けてくる。
「俺と遠距離するつもりなんだろ……聞いたぞ横山から」
「えっ、な、なに? ハーバード? アメリカ? え?」
「なんだそれともスタンフォード大学か、ケンブリッジ大学か!」
「な、な、えっ、待って、何言ってんの結生!」
遠距離ってなんだ、おまえどこまで行く気だ。
俺は混乱しまくって、勢いのまま涙にまくし立てる。俺も自分で言ってることがよくわからないが、涙はもっとわからないみたいだ。語彙力が崩壊している俺を、涙は鬱陶しげに押し戻す。
「沖縄だよ、沖縄! なんで俺が海外行くことになってんの! お金ないって言ってるでしょ!」
「……沖縄?」
「あっ」
……OKINAWA?
俺はふと日本地図を頭に浮かべる。ぶっちゃけ都道府県ひとつひとつがどこにあるのかは自信ないが――沖縄は流石にわかる。一番、南だ。日本最南端の県。東京からの距離は――すごい。
突然出てきた予想外の土地名に、俺はぽかんと間抜け面を晒してしまった。想定外すぎて、どう反応したらいいのかわからなかったのだ。
そして言った本人はと言えば、「やばい」と言った風に顔を引きつらせていた。言うつもりはなかったのだろう。俺があんまりにも素っ頓狂なことを言ったから、つい言ってしまったのだ。
俺は、そんな涙の反応が面白くなく感じた。……だって、俺、恋人なんだから。離れ離れになるのなら、ちゃんと言ってくれればいいじゃんって、そう思って。
「……隠してた?」
「そ、そうじゃなくて……まだ、言う覚悟がなかったというか」
「……覚悟って……別に、離れたところに行くからって、責めたりしないよ。俺、そういう風に見える?」
「ち、違う……ほんと、そうじゃなくて……」
「――まあまあ、将来に関わる大事な話なんだからさ。普通の話よりもちょっと言いづらいんだって。涙は別に後ろめたいことがあったわけじゃないよ。そうだろ?」
涙が隠していたのには、何か理由がある。それくらい、俺はわかっていた。ただ、隠された――その事実にショックを受けてしまったという、子供っぽい理由で、涙の目の前で拗ねてしまった。
涙のことを傷つけてしまう、その直前で――春原がため息をつきながら間に割って入ってきた。彼の仲裁がなければ……喧嘩とかをしてしまったかもしれない。
春原の言葉にちょっと冷静になって、そして、もう一度考える。なんで、涙は俺と離れることを隠していたんだろうって。そして、考えると同時に、「ごめん」って謝った。そうすれば、涙は俺よりも申し訳無さそうに「ごめん」って返してきた。
「まだ、心の整理がついていないだけだから……いつかは、結生に話そうって思ってたんだ。ごめん、もうちょっと、待ってもらえない?」
「……あ、……うん。そっか。ごめん、急かして」
「ううん。ごめんね、不安がらせちゃったね。本当に、ごめんね。ゆうも、ありがとう。ゆうの言ったとおり、大事な話だったから……ちゃんとまとまったら話そうって思ってたんだ」
遠く離れた土地に行く。新幹線でちょっと行けるような距離ではないだけに、なぜ涙がそれを隠そうとしていたのかが気になって仕方なかった。そして、なんで沖縄なんだろうっていうのも。
けれど、それは後ろめたい理由ではないように思えた。涙の表情に、影は見られなかったからだ。
「……大学生になったら、涙の家に遊びに行ってもいい?」
「うん。一緒に、海、行こう」
涙は、前向きな目をしていた。だから俺には、涙が俺に隠していたことを咎めることはできなかった。彼のなかに、確かな決意があるのだと、悟ったから。
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