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第二十章 How blue the sky is
俺はあまり早起きは得意ではないけれど、今日はいつもよりもずっと早く起きた。外では雀が鳴いているけれど、まだ空気の冷たい早朝だ。
「今日」が「今日」であるから、心が落ち着かなくて早く起きてしまうのは仕方ない。けれど、それ以前に俺は早く起きなければいけない理由があった。
「えっと……ドライヤーと、ワックス、洗顔料と……さっき使ったものはトランクに入れた? 歯ブラシは?」
「歯ブラシは新しいものに買い変えしない?」
「それもそうね」
「……俺より、母さんはどうなの? 化粧道具まだ散らかってるけど。準備、できた?」
「あっ、ま、まって涙! 急ぐから!」
今日は、高校の卒業式だ。思った以上に時間が経つのは早く、いつの間にか俺は高校を卒業する日を迎えてしまった。なんとも言えない心の騒々しさは心地よく、卒業式の朝にしか味わえない不思議な感覚。
ただ俺は、卒業式ともう一つ、大きなイベントを抱えている。引っ越し、だ。卒業式が終わったら、その後夕方の便で俺と母さんは沖縄へ行く。朝から俺と母さんがバタバタとしているのはそういうわけだ。まだ荷造りが完全には終わっていない。
「も~、男の子は荷物少なくていいわね!」
「母さんは多すぎ……」
この部屋と出たら、世界が変わる。
生まれてからずっと過ごしてきたこの古くて汚いアパート。傾いているし日が当たらないし、近所に奇声をあげる人は住んでいるし。正直いいところをあげることはできないけれど、いざお別れとなると……少し、寂しいような気がする。俺は母さんがばたばたと荷造りをしている横で、ぼんやりと部屋を眺めていた。
思えば……この部屋で結生とセックスとかもしているから、思い入れがないというわけではないのかもしれない。
――卒業式の朝。俺が結生と離れる日。何もかもが、明日で変わる。郷愁感というのか、それとも違うものか。心をきゅっと締め付ける切なさは、今日だけしか味わえない。
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