248 / 250

 卒業式を終えて、最後のホームルームも終えて。皆は、それぞれ向かうべきところへ向かっていった。それは、友だちのところだったり、部活のところだったり。俺もクラスメートとほどほどに話はしたけれど、飛行機の時間もあるからあまり遅くまでは残っていられない。みんなに別れを告げて、俺は教室から出ていった。  廊下に出ると、抱き合って泣いている女子や、騒いでいる男子がいっぱい居た。すれ違うとみんな、「またね」と声をかけてきてくれる。俺が沖縄に行くってことを知っている人はあんまりいないから、実際に「また」会える人はこの中にほとんどいないかもしれない。  俺は賑やかな廊下を歩きながら、不思議な感覚に見舞われていた。まるで、映画の中に飛び込んだような。目まぐるしく動いている風景の中で、自分だけが切り離されているような、そんな感覚だ。もう二度とここに来ることはないだろう――そんな意識が、そうさせているのかもしれない。 「涙」  階段を少し降りたところで、声をかけられた。俺は振り向いて、声の主を視界に留める。 「もう、お別れだなあ」 「……お別れって。会える頻度が減るだけだろ」 「いや、この男子高生っていう貴重な時間の中で会えるのは、もう最後だろ。青春とお別れだよ? 辛くね?」 「……、」  そこにいたのは、結生だった。結生は卒業証書を手に持ちながら、にっと微笑んで俺を見つめている。 「大学生は、青春にはいらない?」 「うーん、高校生の青臭さには敵わない」 「まあ、わからなくもないけど」  結生はいつもと変わらない調子で俺に話しかけてきた。若干、センチメンタルになっているようにも見えるけれど、俺の知っている優しい笑顔を浮かべている。 「はあ~、これで制服涙も見納めかあ」 「俺の制服、そんなにいい?」 「うん、もうめっちゃ最高。優等生! って感じがしてイイ」 「なにがいいのかよくわからないな……」  高校生としては結生とお別れ――そう言われると、少しずつそんな結生の寂しさがわかってくる。  この学校で結生と出会った。この校舎で人の目を盗んでキスをしたこともいやらしいことをしたこともあったし、通学路を二人で通ったこともあった。そうか、そんな日々とはもうお別れなんだ。これから俺たちは、大人に近づいていく。 「ん~、まあ、大学生になるのも悪くねえよな。お酒も飲めるしラブホもいけるし」 「褒められたものではないことばっかり考えてるね、結生」 「ええ~、だってそういうことでも考えないと、俺寂しい。ずっと高校生でいたい」 「それは叶わないよ。こうして話している間にも、搭乗時間に近づいていってるし」 「うわー、やだー! 俺の青春が終わる!」  結生がやだやだとしているのが可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。結生は俺よりもずっと感性が豊かだから、こういう雰囲気が苦手なのかもしれない。俺はたぶん、ちょっとだけ冷めているのだろう。そこはどうしようもない性格の違いなので、気にしても仕方ない。 「じゃ、お別れはきちんとしよっか、結生」 「きちんと?」 「高校生はもう終わり。これからは、大人のお付き合い、しよ」  俺は降りかけた階段をもう一度昇って、結生のもとへ向かう。そして、結生よりも一段下のところまできて――結生のネクタイを引っ張って、結生にキスをした。 「るっ――」  何人か、生徒たちが俺たちを見ていた。みんなハッとしたような顔をしていたけれど、気にしない。一番面白い顔をしていたのは、結生だったから。  結生はかあーっと顔を赤くして、俺を凝視した。でも、すぐにふにゃっと泣きそうな顔をして笑う。 「じゃあね、結生。今も――これからも、ずっと、愛してる」  結生に背を向けて、階段を降りる。これで――俺の青春は、終わり。 「涙!」  いろんなことがありすぎた。たぶん、高校生活は俺の人生の中でも一番の転機になる部分かもしれない。まだ18年しか生きていないけれど、それを確信している。 「――死んだら一緒の墓に入るぞ!」 「……ふはっ、なにそれ。まだプロポーズもされていないんだけど」  この高校で大きく変わって、俺は大人へ向かっていく。  君から教えてもらった、海。俺は、憧れの海へ――旅立つ。

ともだちにシェアしよう!