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やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【春の月】

「木偶の童子よ……一体、如何したのですか?魄は――」 「――尹様、御安心下さいませ……魄様は我の背中にて、ぐっすりと御眠りされております故――。それよりも勝手に部屋の外から出てしまい、誠に申し訳ありませんです。尹様は……何よりも他の守子の奴等から奇異な目で魄様を見られるのを嫌っておいでですのに……」 私の耳元で囁きかけてくる木偶の童子の言葉を聞いてから――ちらり、と周りで忙しそうに【雄雛祭】の準備をしている守子達の様子を一瞥してみたものの、此方へ目を向けてくる輩はおらず私は心の底から安堵した。 しかし、念には念をいれて――私達は王宮内の、とある場所へと移動する事にしたのだった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 此処ならば奇異な目を向ける者達は誰もいない筈だ、と確信めきつつ私達三人が移動してきた場所――。 其処は――王宮内の中庭に、どんと気高く聳え立ち、一際存在感を放っている桜の木の真下だった。爽やかな風が吹く度にその都度淡い桃色の美しい花びらが舞い、不意に今は木偶の童子の背中から降りて私の両腕に抱かれている魄の頬にぴとり、と張りついた。 その途端――魄は目を覚まして、その大きくて可愛らしい無垢なる瞳を一層丸くしながら私の顔をじぃっと見つめてきたのだ。おそらく、そよ風に舞って己の頬に張りついた桜の花びらに驚いてしまったのだろう。何という繊細で――敏感な子なのだろう、と思った途端に自然と笑みが溢れてしまう。 「うーっ……きゃっ……きゃはは……」 すると、私の笑みに釣られるようにして魄が満面の笑みを浮かべ返したため――私は頬に乗っかったままの桜の花びらを取ると、そのまま愛しい我が子の林檎のように赤く柔らかな頬へと優しく唇を落とすのだった。

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