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やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【春の月】

(そういえば……今は屍王となってしまい遥か遠くにいってしまった桜獅が私に運命の番になる時の謳い文句を話して下さった時も……かつて暮らしていた村には……このような満開の桜が咲き誇っていた――あの頃が、桜獅に愛されていた時が……酷く懐かしい……) 不意に故郷の村で隣にいる木偶の童子と今は一国の王となった桜獅と過ごしていた懐かしき日々を思い出した私はじわり、と涙ぐみながら満開に咲き誇って、まるで私の泣き姿に呼応しているかの如く淡い桃色の雫に似ている花びらが風に舞いながら――ひら、ひらと僅かに湿った地面へと落ちていく様を熱心に見つめ続けていたが――、 「……あ、あの……尹様――これをご覧になって下さい!!この着物――誠に見事な素材と色合いでございましょう?」 「……っ……おや、これは見事な着物ですね。木偶の童子――あなた、もしや……この着物を雄雛祭で身に纏うつもりでは?それにしても、このような高級品――どのようにして手に入れたのです?」 ――ぐいっ……と頬に流れ伝い落ちようとしていく涙を拭った。 木偶の童子は明らかに私に気を遣っている。かつて故郷の村で暮らしていた時からずっと――屋敷の主人の息子である本来は憎くて堪らないであろう私の事を何時でも気にかけてくれている優しい童子であった事を思い出した。 彼にこれ以上――精神的に苦痛を伴う重荷を背負わせてはいけないと反省した私は無理やり笑顔を作ってから、木偶の童子が先程から抱えている色とりどりの鮮やかで皺一つすらなく丁寧に畳まれている着物(おそらく高級品だ)について尋ねるのだった。 「これは――先程、王宮内にお忍びで来ている行商人から買い付けたのです……尹様も、雄雛祭に身に纏うために折角の機会ですのでお買いになっては如何ですか?ほら、行商人はあの御方ですよ……」 「――で、ですが……」 私は、かなり迷いました――。 確かに今年の雄雛祭は私にとって特別な行事であり――正直に言えば、滅多に買えない高級品の着物は欲しかったのだ。 それに――普段ならばお金に余裕のない私ですが、今はそうではなく【情欲という魔に憑依された獣達】から手に入れたお金がある。 例え高級品の着物を私と魄の分を合わせて買ったとしても余るくらいには余裕があったため――それを買うかどうか……暫くの間、熟考し――結局は着物は買わない事にした。 この身を売って手に入れた汚い金で買う着物を最愛なる我が子の魄に纏わせるよりも――何か不測の事態があった時の為に魄の為に使う方が懸命だと判断したからだった。

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