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やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【春の月】

「……木偶の童子、ひとつお願いがあるのですが――」 「はい……尹様、何なりと仰って下さいませ――あの行商人の御方を引き止め、これで安い布地を何枚か手に入れられるだけ買ってきて下さいませんか?おそらく、あの行商人の御方の籠に――何枚か布地が入っていると思われますので……無論、無ければそのまま戻ってきて下さい」 ――ちゃり、ちゃりん…… 私はふっ、とある事を思い付き――懐から僅かばかりの小銭を取り出すと驚きを露にしている木偶の童子へと渡す。おそらく、木偶の童子は私が高級品の着物を購入すると思い込んでいたに違いない。 (吐き気を催してしまうくらいに醜い身売りをして汚い手段で手に入れた金で着物を買うよりも……私が布を裁縫してやり――魄に似合う着物を作ってあげよう……いずれこの子が大きくなった時に必要になる筈――) 何かを言いたげに――少しばかり遠慮がちに銭を受け取った木偶の童子の後ろ姿を見送りながら、再び満開に咲き誇っている桜の木へと目線を移した時――、 「おい、このような場所で――何をしているのだ?淫乱と噂される――尹よ?お主、またしても私と部下と淫事に耽ったそうだな――」 「……っ………狂善――あ、貴方こそこのような場所で一体何をしているのです?今しがたは公務をしている筈では……ううっ……!?」 私とした事が――完璧に油断しきっていた。 この男が王宮内にいるのを――すっかり忘れていた。 かつて故郷の村で大半の時間を共に過ごし、 今は警護人の下っ端として働いている――幼なじみだった存在の男を。 私に狂った愛を押し付け――その異常じみて歪みきった愛を無理やり押し付けようとし魄の新たなる父になろうと企んでいる悪しき男の存在を――忘れてしまっていたのだ。 ――だんっ…………!! 狂善は――力任せに両肩を掴むと、そのまま桜の木の枝へと押し付けてきて強引に私の首筋に唇を触れてきて吸い付いてこようとするのだった。

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